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やまあじさい

(25)アメリカ社会で何が起きているのか?
2011年の「アラブの春」に触発されたオキュパイ・ウォールストリート運動の盛り上がり、2013年のピケティ『21世紀の資本』のセンセーショナルな登場、2016年米大統領選挙のきわめて異例な展開、さらに事前の予想を覆すイギリスのEU離脱など一連の流れには、どのような共通の政治・社会的要因が作用しているのだろうか。
筆者の理解では、背景にある主要な要因は、1970年代以降、新自由主義が席巻し、格差、金権、政治腐敗、多国籍企業の自国民に対する棄民政策によって、市民・労働者の社会的帰属意識が希薄化し、現行政治体制と政治権力への不信感と疎外感、自らの経済的境遇を改善する術を見いだせない現状へのいら立ち、今後の経済の不透明感を払しょくできない政治への不満がかつてなく高まっていることを示している。
言い換えれば、一方で、市民・労働者が将来の生活の展望を描くことが難しくなり、他方で、先進国のエリート層が、新自由主義イデオロギーによって社会統合(1%による、1%のための、99%の支配)を合理化・維持することが困難になったことを示している(グラムシのいわゆるヘゲモニーの崩壊)。
2007-2010の金融恐慌とこれに続く世界不況、EU危機、G7主導の危機対応では、現代資本主義の構造的矛盾(低成長、失業、格差、貧困、国際的不均衡他)を新自由主義的経済政策のさらなる強化によって打開できないことが露呈した。これらの解決困難な経済的矛盾が、既存の支配勢力と政党指導部が制御できない複雑な政治的混乱、政治危機、既存政党と政治エリートへの市民・労働者の不信・疎外感として表面化しているのが、現在の米国ならびにEUの状況である。
Ⅰ.オキュパイ運動の背景と経過
(1)誰が「ウォール街を占拠せよ」と呼びかけたのか?
カナダの消費者運動誌『アドバスターズ』(2011年7月号)が以下のポスター掲載した
 #ウォール街を占拠せよ
   諸君、タリル広場に続く用意はできているか
   9月17日。マンハッタン南部に集合し、テント、炊事用具、
おとなしいバリケードを設営し、ウォール街を占拠せよ。
    (注)タリル広場(Tahrir Square)はエジプト・カイロ市内にある、アラブの春運動を象徴する広
場の名前。オキュパイ運動では、ウォール街へ通じる通りが閉鎖されたために、近くにあるズコッティ広場が主要な集合場所に選ばれた。参加者はこの広場をかつての名前・自由の広場(Liberty Plaza)と呼ぶようになった。
(2)どのような人たちが占拠運動に参加したのか
 中心(ワーキンググループ)は、1990年代後半期の反グローバル化運動の経験者。さらに2011年6月のニューヨーク市庁舎での「スリープ・イン」運動参加者も加わった。この他に、多様な地域活動、市民運動、消費者運動、人権運動、環境問題NGO他。全体として、高い学歴を持つ若年層が中心であった。
(3)オキュパイ運動は何を目指したのか
政治の中枢であるワシントン(連邦政府)ではなく、ウォール街を主要な標的にした。
狙いは、腐敗した金権支配の象徴であるウォール街に市民に開かれた「コモンズ」を確保することであった。同時に、スペイン、ギリシャ、チリなど世界の大衆運動と連帯すること。運動の形態は、選ばれた指導組織や「方針」を持たない(leaderless)緩やかで水平的な連帯を基礎にした。
(4)オキュパイ運動の経緯(詳細は省く)
 9月17日の占拠開始から12月まで占拠、デモンストレーション、情宣活動を継続した。すぐに運動はニューヨークの他の地域、全米の主要都市、世界の多くの都市に波及した。9月下旬以降市当局と市警察からの規制、弾圧が強まった。11月15日深夜市警察がズコッティ公園からテントその他を強制撤去。12月中に、占拠運動はほぼ沈静した。
(5) オキュパイ運動は何を残したのか
 「ニューヨーク市占拠宣言」(Declaration of Occupy New York City)これは、オキュパイ運動が残した唯一のまとまった「宣言」となった。2014年9月11日、『アドバスター』誌は「世界革命の日:オキュパイ・ウォールストリート記念日の来る9月19日に諸君は何をするのか」と題する「檄文」を公表。この中で、現在の大統領選挙で争点になっているあらゆる問題を挙げて、世界の大衆運動と連帯し、「来るべき次の機会」のために、国際的な運動を準備する必要性を強調した。オキュパイ運動は、大衆運動が必ずしも活発ではなかった米国で、市民・労働者が連帯することで「世界は変えられる」というメッセージを広げた。これによって、発展した資本主義国における新自由主義批判の市民運動の可能性を提示した。
Ⅱ.米大統領選挙の異例な展開
(1)共和党指導部と右翼的富裕層が予想も希望もしていなかったトランプ候補の指名獲得
移民問題の強調、メディアでの圧倒的露出、富裕層の献金に頼らないキャンペーン
最大の強みは、ワシントンでの政治経験の欠如。これによって、ワシントンの胡散臭い政治の印象から自由になった。最大の支持基盤は、共和党を含む既存政党に強い不満を持つ、若年で活発な共和党支持層。これらの人々は、いわば党の手足であり、予備選挙ではとりわけ大きな役割を果たす。
(2)民主党内に基盤をもたない独立派(民主的社会主義者)サンダース候補の大健闘。他の候補と異なるのは、格差問題、人権問題、社会的不公正を糾弾する一貫した政治姿勢と業績である。かれはこれまで民主党内部に政治基盤を持たず、富裕層からの政治献金を受けない独立派として政治活動を展開してきた。最大基盤は、政治に不満をもつ民主党、独立派の活発な若年層であるが、黒人有権者の支持が弱いという弱点をもっている。「民主的社会主義者」を自称するサンダース候補の健闘は、現代の白人若年層が、冷戦時代の社会主義アレルギーを持っていないことを示している。
(3)過去の大統領選挙での独立系候補の結果を振り返ってみる。
ジェシー・ジャクソン 黒人運動指導者;牧師
(経歴)1968年バプテスト教会牧師となり、66年以降、マーチン・ルーサー・キング牧師の下で南部キリスト者指導会議など黒人地位向上運動を指導した。71年シカゴで黒人貧困層救済運動“PUSH(People United To Save Humanity=人間性を救う人民連合)”機構を創設。’96年Rainbow Coalitionと合流し、Rainbow PUSH Coalition代表。この間、’84年民主党大統領候補指名の予備選に黒人として初めて出馬。’88年にも再出馬し、予想を上回る善戦をした。(デュカキス候補が代議員2687名で指名獲得、2位のジャクソンは1218名)
ラルフ・ネーダー 自動車産業批判で名をあげた消費者運動家
1960年代に安全問題を軽視する自動車産業を厳しく批判して消費者運動家として名を挙げ、1971年に、現在TPP反対運動で指導的役割を果たしているNGO・パブリックシティズンを創設した伝説的な運動家のラルフ・ネーダーは、独立の候補者として2000年(得票率2.7%)、2004年(同0.4%)、2008年(同0.6%)の三回大統領選挙(予備選挙ではなく、本選挙)に出馬した。しかし、ネーダーは、出馬表明はしても、多数の支持者と一緒に長期間の選挙活動を全米的に展開したわけではない。 
(4) 今回選挙の「異変」の背景にあるのは、既存2大政党とその指導部に対する有権者の深刻な不信、不満、疎外感である。金権勢力の影響と新自由主義イデオロギーに染まって、政治・経済の行き詰まりを打開できない党指導部と、自分たちの境遇を改善する展望を求める積極的な支持層との広がる乖離が、党指導部の指導力を損なっている。 
(5)さらに、2000年代に入って、急激に金権政治・金権選挙の様相を強める政治の現状への不信、不満、疎外感が重なっている。2大政党が富裕層の献金ネットワーク(ダークマネーを提供するスーパーPAC)に支配されて、積極的な支持層との結びつきを弱め、これらの人々が中心的役割を果たす予備選挙をコントロールできなくなっている。この傾向は、民主党よりも共和党で一層顕著である。その理由は、共和党の方が金権支配が強く、政策が手詰まりで、支持者の不満が強いためである。
Ⅲ.米世論調査に表れた市民の意識の変化(別紙)
米有力世論調査機関Pew Research Centerの最近の調査Campaign Exposes Fissures Over Issues, Values and How Life Has Changed in the U.S. March 31, 2016/
Ⅳ.現在のグローバルな経済的・政治的混乱の基礎にある問題
根本的な問題は1970年代以降の資本主義体制自体の構造的矛盾の深刻化である。
(1) ケインズ的福祉国家・労使関係から、新自由主義的経済体制への転換。
労働組合弱体化、生産性/賃金連動関係の切断、労働分配率低下、経営者権力強化
(2)ブレトンウッズ体制の崩壊、国際競争と国際不均衡の拡大、米国経済覇権の変質。
(3)スタグフレーション、経済の金融化、金融バブル・金融投機の蔓延、金融危機の頻発。
(4)グローバル化、資本と労働のグローバル競争、グローバル不均衡。
(1)〜(4)が相まって、階級間、階層間、ジェンダー間、人種間の関係が構造変化
全体として、格差拡大、イデオロギー対立激化、社会統合の衰退を招いている

その結果、政党政治の支配機構が弛緩し、政党指導部が予備選挙の帰趨を決める積極的な支持層を指導部の方針に結集することが困難になっている。他方で、コーク・ネットワーク(Koch Network)に代表される超富裕層の動かす政治組織や、これらに関係するティー・パーティのような「草の根」の運動体が、選挙に大きな影響力を及ぼすようになっている(パラレル・パーティ)。
イギリスのEU離脱をめぐる国民投票の予想外の経緯も、我が国のアベ政治・アベノミクスを巡る状況も、以上のような現代政治の状況(政党政治の危機、経済政策の手詰まりとして現れた、新自由主義の行き詰まり)を共通の要因として理解することができる。これは米国だけではなく、米国の覇権のもとで動いてきたグローバル資本主義の直面している問題である。
したがって、今回の大統領選挙の異例の展開を読み解くカギは、多くの有権者、とりわけ若い世代の有権者が共有する、このような危機意識と、それが将来引き起こす新たな大衆運動の方向如何にあると言えるであろう。オキュパイ運動の政治的含意を検討した二人の政治学者は、次のように指摘している。
「われわれの見るところでは、ウォール街を占拠するという行動は、われわれが世界秩序の組織と構造の大きな転換期に入りつつあることを示す新たな手掛かりを提供している。この運動を振り返って得られる洞察によれば、グローバル資本主義の中心で共有されていた精神構造がもはや一貫性を失ったことを示唆しており、その含意は、われわれが半世紀にわたった米国の覇権からやっとのことで抜け出そうとしているということである。」Elizabeth Cobbett & Randall Germain, ‘Occupy Wall Street’ and IPE: Insights and Implications, Journal of Critical Globalisation Studies, Issue 5(2012)

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