講演・報告資料

2007-2009國際金融危機の特徴をどう見るか

          信用理論研究学会報告(2009/05/18)

 本報告の目的は、今回(2007-09年)の国際金融危機には、戦後の金融危機の他の事例に照らして、どのような特徴があるのかを検討することである。IMFの調査によれば、戦後資本主義は、1970-07年の期間に、124回のsystemic banking crisisを経験している(文献①)。報告者の理解では、これらの過去の銀行危機と比較して、今回の危機はいくつかの際立った特徴をもっている。本報告では、今回の危機の歴史的特徴を明らかにし、それらの特徴がもたらされた背景と含意について検討する。

1.金融機関の損失・評価損
まず始めに、今回の金融危機で発生した金融機関の損失・評価損、全般的経済活動の低下について、いくつかの予測あるいは見積もりを、参考までに紹介しておきたい。
IMFが2009年4月に公表した「グローバル金融安定報告」によれば、世界全体で金融機関が2010年までに被ると予想される損失・評価損の総額は、約4.1兆ドルに達し、そのうち2.7兆ドルがアメリカで、1.2兆ドルがEUで、1,500億ドルが日本で発生すると見積もられている。これらの数値は、銀行、投資銀行、証券会社などの金融機関に予想される損失を念頭においたもので、ヘッジファンド,投資信託など、シャドーバンキングで発生する損失、および個人投資家の損失は算入されていない。また、世界の主要な株式市場で発生した大幅な株価下落、世界的な不動産価格の下落などは、算入されていない(付記 IMFは、2009年9月の新しい「報告」で、予想損失額を3.6兆ドルに減額した)。
上記のIMFの評価が正確であれば、アメリカでは連邦預金保険制度加盟銀行全体の自己資本総額(2008年第3四半期)が1.3兆ドル、これに投資銀行の自己資本1,100億ドルを加えた銀行・投資銀行の自己資本総額が1.4兆ドル程度(2008年第3四半期)であるから、これの約2倍相当の損失が見積もられていることになる。つまり、発生しうる損失が全米の銀行に、それぞれの規模に応じて分布すれば、すべての銀行が自己資本を喪失することになる。ただし、すでに連邦政府の銀行救済計画のもとで2300億ドルが大手銀行中心に注入されており、加えて、民間投資家や政府系ファンドなどから合計2000億ドルが調達されている(政府系住宅公社、AIGへの注入分を除く)。しかし、これらを加えても、アメリカの銀行システムが深刻な資本不足に陥っていることに変わりはない。
アメリカ金融当局は2009年春に金融機関大手19社を対象にストレステスト(特別検査)を実施した。これによれば、19社のうち9社が必要な自己資本を確保しており、残りの10社は合計746億ドルの資本不足が指摘されている。これらの金融機関は、6ヶ月以内に増資その他で不足する資本を充足することを求められている。
しかし、アメリカの事情に通じた専門家は、このストレステストが、いくつかの基本的な前提条件(失業率、内部留保、不良資産の回収率、銀行収益の予測その他)をきわめて楽観的に想定し、非現実的なシナリオに沿って損失額を見積もっていると指摘している。これらの専門家によれば、本来のストレステストは、今後想定されるもっとも厳しいシナリオのもとで予想損失を見積もるべきであるが、今回のテストはこのようなストレステストの目的からは程遠い机上の評価に過ぎないと言われている。さらに、例えばシティグループでは、当初の見積もりでは300億ドルの資本不足が見積もられたが、銀行側の要望を入れて、55億ドルの資本不足として公表されたと指摘されている(文献②)。
ちなみに、IMFによる2009年4月の「報告」は、アメリカの銀行が4%レベルの自己資本比率(Tier 1よりも厳格なTCE:Tangible Common Equity 基準)を確保するためには、全体で2,750億ドルの資本調達が必要であり、6%水準を想定すれば、5,000億ドルが必要と見積もっている。
また、銀行の貸し倒れ比率が今後どの程度に達するかについても、一部専門家は、今回は最終的に大恐慌時のレベルである3.4%を超える可能性があると指摘している。かりに、貸し倒れ比率が、3.5%の水準(考えられない数値ではない)に達すると、銀行はすでに公表している4000億ドルの評価損に加えて、今後3年間で6000億ドルから1兆ドルに達する貸し倒れ損失に見舞われると見られている。(以上、主としてニューヨーク大学、Nouriel RoubiniグループのRGE Monitorが提供する情報による)
実体経済に目を向けると、アメリカの専門家の中には、世界の産業生産は1929-30年の局面(大恐慌の初期)と同様、あるいはそれよりも早いペースで急落しているという見方がある。この落ち込みの主因は、世界の消費需要の約3分の1を占めるアメリカの消費需要の落ち込みである。アメリカでは、金融危機の影響で、2008年に家計部門のネットでの新規借り入れが戦後初めてマイナス(貯蓄率がプラス)に転じ、それまで住宅ローン、消費者ローン、自動車ローンなどさまざまなローンに支えられて増加してきた消費需要が急落し、消費減退が主導する景気後退に入り込んだ(詳しくは文献③)。全般的な経済活動の落ち込みを反映して、世界的にも失業率が上昇し、住宅ローンだけではなく、商工業向け融資の延滞率も上昇し始めている。
アメリカやEU地域の失業率はすでに9-9.5%レベルに達しているが、これがピークであるとの見方は少ない(アメリカの失業率は直近では9.8%と報道されている)。もし、失業率が一部で予想されているように10%以上に達すると、歴史的経験によれば、経済活動が回復過程に入るまでに、少なくとも4-6年必要になるであろう(文献④)。また、商工業向け融資の延滞率が高まると、世界でいまだ50兆ドルを超える残高を残している信用デリバティブ(CDS)市場に新たな影響がでてくることが予想される(CDS市場のかかえる危険性については、文献⑤)。
(付記 2009年夏になって、アメリカでは商工業向けローンを専門にしてきた大規模銀行の経営危機が表面化している。商工業向けローンのなかでとくにレバレッジド・ローンと呼ばれる高リスクローンの延滞率が上昇することはかねてから予想されており、これを組み入れた低格付け証券のデフォルトや評価損が今後増加することは避けられないであろう。その場合には、銀行危機が投資銀行部門から、これまで比較的破綻件数が少なかった地方銀行やS&Lを含む銀行部門に拡大することが考えられる)

2.今回の金融危機の現象的特徴は、報告者の理解では、以下のように整理できる。
  ①アメリカで前例のない規模の不動産バブルが発生し、その崩壊を契機として世界的な仕組み証券バブルが崩壊した。この意味で、今回のバブル崩壊は金融証券化がグローバルな規模で進展した状況下で発生した、新しいタイプの複合バブルの崩壊と言える。第二次大戦後のアメリカでは、全米の不動産価格が通年でマイナスを記録したことはない。今回は、危機発生以来2年間で30%下落し、さらに今後も下落が続くと見られている。これが主たる原因になって、住宅ローンその他のローンを組み込んだ仕組み証券市場があいついで崩壊したが、仕組み証券市場はヨーロッパやアジアの金融機関と機関投資家も大規模に参加するグローバルな市場であり、このために、仕組み証券市場の崩壊がアメリカの住宅バブル崩壊を国際金融市場に拡散する経路になった。
  ②これまで仕組み証券ビジネスを主導してきた政府系住宅金融公社(GSE)、投資銀行、ヘッジファンド、保険会社、さまざまな機関投資家に巨額の評価損が発生した。住宅ローンの証券化は、1970年代に始まり、その後急速に進展したが、その先導役を務めたのはファニーメイ、フレディーマックに代表される政府系住宅金融公社であった。これらの金融機関は、政府の持ち家促進政策を追い風にして、事実上の政府保証をバックにした高い格付けに助けられて、急激に業務を膨張させてきた。しかし、今回の金融危機で、高格付けと高レバレッジに依存した綱渡り経営の脆弱性(これはかねてより多くの専門家によって指摘されていた問題)が露呈し、上記二つの公社が事実上破綻し、政府の管理下に置かれた。他方、大手投資銀行は、1980年代以降の金融証券化の過程で商業銀行に代わって金融産業の主導権をにぎり、ヘッジファンド、年金基金、地方金融機関や貯蓄貸付組合など、幅広い機関投資家を顧客として組織し、デリバティブ取引、仕組み証券市場、M&A市場で主導的な役割を果たしてきた。現在のアメリカの金融システムは、かつての銀行・企業取引を中心とするものから、投資銀行・機関投資家の取引を中心とする、ディール中心の組成・販売システムに変質しており、その意味で、いわゆる投資銀行モデル(組成・販売モデル, むしろG.Gorton(文献⑥)の言うsecuritized-banking model)が金融ビジネスの標準モデルになっている。仕組み証券市場の崩壊をともなう今回の金融危機は、これら証券化ビジネスで大きな利益を上げてきた投資銀行、政府系住宅金融公社、モノライン保険などに巨額損失・評価損をもたらし、その多くを破綻、もしくは事実上の破綻に追い込んだ。
  ③今回の危機では、初期段階で危機の波及と深刻化を封じ込めるための政府監督機関・大手金融機関の協調体制が構築できず、金融業界の責任で危機を制御することができなくなった。従来の金融危機では、複数の大手銀行の経営が脅かされるほど深刻な銀行危機が発生すれば、政府監督機関の呼びかけで主要金融機関が協調し、大規模な銀行破綻を回避しながら、時間をかけて不良債権を処理するなどの方策を講じてきた(1980年代のラテンアメリカ諸国の金融危機、90年代初頭のS&L危機、98年のLTCM破綻事件など)。しかし、今回は2007年末から08年春にかけて、財務省が大手金融機関に呼びかけて進めたスーパーSIV計画が結局放棄され、ウォール街と財務省には自力で危機の拡大をコントロールする見通しが立てられないことが明らかになった。
  ④危機発生直後から、国際的協調のもとで、前例のない規模の政府介入、公的資金投入、中央銀行の「流動性供給」が波状的に実行されている。スーパーSIV計画が失敗した後、ベアスターンズが破綻(2008年3月、JPモルガン・チェースが買収)し、国際金融市場に大きな衝撃がひろがった。各国政府・金融当局はさらに大規模な銀行救済と「流動性供給」に乗り出したが、2008年9月、リーマンブラザーズとAIG破綻を契機に国際金融市場の混乱が一挙に広がり、レポ市場、金融CP市場など大手金融機関の資金繰りを支えてきた短期金融市場がほぼ完全な閉塞状態におちいった(短期金融市場における流動性の消失)。また、これら2社の破綻には仕組み証券市場の膨張をささえてきた信用デリバティブ取引が大きく関わっており、世界で60兆ドルに達すると言われるCDS市場にも深刻な不安が広がった。この間、(1)アメリカの連邦準備制度が、同制度に加盟していない投資銀行などに直接資金を供給する、(2)すでに破綻状態で、政府から資本注入を受けている銀行が他の経営破たんした銀行を救済合併する、(3)連銀が投資不適格の高リスク証券を買い上げるなど、異例の措置が相次いで実施された。こうした銀行および投資銀行を対象とする緊急対応に加えて、二つの政府系住宅金融公社が救済され、これに続いて、大手保険会社AIGが数次にわたる資本注入によって救済されるなど、いずれも手続き的に不透明で異例の措置が実施されてきた。
  ⑤世界金融危機と世界同時不況が相乗的な悪循環に陥っている
   2008年の第2四半期以降、アメリカだけではなく世界的に、生産活動の急激な低下、貿易の収縮が顕著になり、工業国を中心に経済成長率がマイナスに落ち込む景気後退の様相が明らかになった(世界同時不況)。金融危機を契機に実体経済にもこのような急激な収縮が起きた背景には、金融危機の波及効果だけではなく、すでに2000年代前半期以来、自動車を中心とする産業分野の過剰生産が強まり、産業全体としての生産性上昇が頭を打ち、実体経済自体の将来見通しが著しく不透明化していた現実があった。ニューヨーク連銀の専門家は、2004年以降アメリカ産業の生産性上昇が頭打ちになったことに見られる「ファンダメンタルズ」要因が、住宅投資を冷え込ませ、金融危機を深刻化させた重要要因であるが、この点は多くの専門家によっても見過ごされてきたと強調している(文献⑦)。2008年後半期には、かねてから厳しい国際競争のもとで経営危機が深まっていた自動車のビッグ3の中で、クライスラーとGMが自力では営業を継続できなくなり、政府による救済策が講じられる事態になった。アメリカの自動車産業はそれ自体規模が巨大であるだけではなく、鉄鋼、石油、ガラス、部品、修理サービスなど関連産業の裾野が広く、それらの不振は金融危機をさらに深刻化させ、金融危機自体の早期改善を難しくしている。
   ⑥国際金融システムの健全性・安全性を回復するための方策がこれまでになく踏み込んだ内容で国際的に検討されている
   今回の危機を契機に、国際金融市場の監督体制の不備を検証し、ヘッジファンドなどによる投機活動の監視、国際「流動性」の管理、格付け制度や時価会計制度の問題点、BIS規制の見直しなど、従来以上に広範で踏み込んだ検討が、各国金融当局、さらにはG20を中心とする国際フォーラムで話し合われている。2009年夏までに公表された改革提言の中で、今後の国際的な検討の材料として注目する必要があるのは、以下の5点である(付記 5月18日以降に公表された資料を含む)。
    1)スイスの金融研究所(ICMB)とロンドンの経済政策研究所(CEPR)が共同で作成したGeneva Report: The Fundamental Principles of Financial Regulation, (2009年1月)
2)EUの欧州委員会と閣僚会議が共同で設立した8人の「ハイレベル・グループ」による報告(「ドゥ・ラロシエール報告(The De Larosiere Report)」(2009年2月)

    3)英国金融サービス庁(FSA)が作成した 「ターナー報告(The Turner Review)」(2009年3月)

    4)米国財務省が作成した Financial Regulatory Reform A New Foundation: Rebuilding Financial Supervision and Regulation, June 17, 2009.

    5)国連の「世界金融・経済危機と経済開発への影響」を議題とする会議(6月24-26日)に提出された専門家グループ(座長はJ.シュティグリッツ)の中間報告(Report of the Commission of Exparts of the President of the United Nations General Assembly on Reforms of the International Monetary and Financial System)。これは国連総会での議論をふまえ、近く最終報告が出される予定。
   なお、日本の金融庁はまとまった改革提案を出していないが、民間からの提言としては、東京財団政策研究部(プロジェクト・リーダー 池尾和人)による「金融・経済危機と今後の規制監督体制」2009年3月、がある。しかし、これは内容が乏しく、国際的な検討の対象にはならないであろう。

上記5つの報告・提言は、いずれも今回の金融危機の原因、経過、現況を分析したうえで、今後の危機再発回避のための広範囲な提言を行っている。4つの提言は共通に、金融危機の要因を、金融システムの内部問題に限定し、したがって改革の目標も、システミック・リスクの監視強化、報酬制度、安全対策、緊急対応など、金融制度内部の機能回復と危機予防問題に限定されている。しかし、後述するように、今回の金融危機の背景には、金融制度の改革だけでは対応できない現代資本主義の構造的な問題が横たわっており、金融危機の全体的な解明と有効な制度改革のためには、金融システムと実体経済の両面から分析を進める必要があろう(文献⑧、⑨)。
  なお、上記5つの報告の中では、国連の作業部会の中間報告が、金融市場、金融政策、監督体制、格付け制度や会計制度を含む関連制度、金融機関のリスクマネジメントを含めて、もっとも網羅的に問題点を取り上げ、それぞれの問題について丁寧な分析を加え、かつ首尾一貫した具体的提言を行っている。さらに、最近のG7やG20の状況に現れているように、途上国を含め世界経済全般に大きな影響を及ぼす問題(金融、環境、資源・エネルギー、食料他)を一部工業国やこれらが主導する国際機関で建設的に検討数することはきわめて難しくなっている。報告者の判断では、190カ国以上が加盟する国連のしかるべき機構をフォーラムとし、公開で民主的に運営される国際的協議だけが、本来の正統性のある提言をなしうるであろう。その意味で、上記5つの報告書の中で、今後の国際協議のたたき台にすべきは、国連の作業部会の報告であろう。

3.上記のような特徴をもった今回の金融危機がなぜ発生したのかということを理解するためには、以下の4つの観点から、総合的に検討することが必要である。
  ①現代資本主義の蓄積様式の歴史的変化から生じる問題(ブレトンウッズ体制の崩壊、自動車を始めとする装置産業の成熟と実物投資の減速、アメリカ一極集中と過剰ドル、労働分配率の低下、経済の金融化その他)
②金融システム・規制監督制度の不備から生じる問題(金融自由化、BIS規制、シャドーバンキング、規制の民営化、その他)
  ③大手銀行のビジネス・モデル(組成・販売モデル、オフバランスビークル、レバレッジその他)、リスクマネジメント(BIS規制、VAR, 時価会計、CDSその他)、機関投資家の行動様式(極度の機会主義的行動、格付けの濫用、金融工学の濫用、モラルハザード、一部機関投資家の高レバレッジその他)の問題
  ④現代経済学、ファイナンス論、金融工学の問題

 本報告では、これら4つの要因全部について立ち入った検討を加えることはできない。
ここでは、残り時間を利用して、これらのうち、②および③の要因に焦点をあてて報告者
の見解を述べる。
  
4.まず米国型金融システムの構造的特徴については、報告者は、以下の諸点に着目する必要があると考えている。
  ①企業金融における銀行(信用創造)セクターの相対的比重低下(ディスインターメディエーション)(詳しくは、文献⑩)
  ②資本市場依存型金融セクター(シャドーバンキング、パラレルバンキング)と機関投資家の重要性と影響力が、全体として急激に増大(広義の金融証券化)。この結果、金融仲介の主軸が、かつての銀行・企業関係から、投資銀行・機関投資家ネットワークに移行してきた。なお、シャドーバンキングには、GSE、投資銀行、証券会社、各種オフバランスビークル、CDO, ヘッジファンド, 投資ファンドなど高レバレッジ型金融機関・代替投資スキームが含まれる。また、機関投資家には、地方銀行、貯蓄金融機関、年金基金、保険会社、投資信託、MMF、大学基金、政府系ファンドその他の資金運用型機関投資家がふくまれる(文献⑥、⑪、⑫)。
  ③アメリカでは、運用資金(保有資産)の総額でみれば、預金業務を扱わない資本市場依存型金融セクターが銀行セクターを大きく上回っている。銀行セクターが管理する資産総額の比重は全体の20%程度に低下している。銀行は現在でも唯一の「信用創造(預金通貨供給)」セクターであり、国内的、国際的にペイメントシステムの機能を担当している。しかし、国際金融市場で運用される貨幣資本に対する管理という面から見れば、銀行はもはや最大の管理者ではない。
  ④投資銀行、ヘッジファンド、政府系住宅金融公社など、高レバレッジ型金融機関の主要な資金調達手段は銀行借入、レポ市場借り入れ、CP発行その他(オフバランスビークルを通じる資金調達を含む)である。
  ⑤仕組み証券その他の大口投資家である資金運用型機関投資家は、莫大な資金を主として、仕組み証券を含む有価証券への投資、レポ貸し出し、CP購入, シンジケートローン、レバレッジドローンへの参加という方法で運用している。
  ⑥銀行を含めたさまざまな機関投資家の資金過不足を調整する最大の市場がレポ市場である(米国 10兆ドル、EU 10兆ドル、英国 2兆ドル、各1日平均残高。ただし、出し手・取り手の2重計算になっている)。ちなみに、FRBの公開市場操作は主としてレポ市場を対象に実施されている。レポ市場は米国だけではなく、国際金融システム全体にとって利用可能な貨幣資本のプールになっている。一般に、高レバレッジ型金融機関がレバレッジを引き上げるための最大の手段がレポ市場での資金調達である(最近のレポ市場の概要については、文献⑬、securitized-banking modelとレポ市場の関係については文献⑥)。
  ⑦伝統的な有価証券(株式・債券)市場、仕組み証券市場と、短期金融市場としてのレポ市場、CP市場、は密接に結びついている。(例、投資銀行やヘッジファンドは自己保有あるいは借り入れた証券を担保あるいは証拠金にしてレポ市場から莫大な資金を調達している。言い換えると、各種有価証券の「流動性」は、主としてレポ市場での資金調達可能性によって支えられている。
   ⑧金融危機に先行する仕組み証券市場、ABCP市場、ヘッジファンドセクターの急膨張と、バブル崩壊によるこれらセクターの収縮を引き起こした最大の要因とされる「過剰流動性」と「流動性の消失」が意味しているのは、レポ市場、CP市場など資本市場の需給関係の急激な転位であり、銀行信用の膨張・収縮ではなかったことが専門家によって実証されている。FRBのデータによれば、2007年夏および2008年9月の局面においても、銀行貸出し、銀行間貸借などは、頭打ちになっているが、急激に収縮しているわけではない(文献⑭)。これに対して、投資銀行とヘッジファンドに流動性を供給してきたレポ市場と金融関連ABCP市場は、専門家が「レポ市場が事実上消滅した」と指摘するほどの、きわめて急激な収縮を経験している(文献⑥)。この収縮は、レポ市場における「ヘアーカット」率の急上昇、ABCP市場のリスクスプレッドの急拡大と発行高の急減他の形態で発生した。今回の金融危機の波及メカニズムの分析においては、この点に留意することが重要である。
 ⑨以上により、米国の金融市場では、①銀行ベースの間接金融システム、②資本市場依存型金融システム、の二つの金融システムがハイブリッドなシステムを構成しているが、今回の金融危機の要因としては、後者のシステムの異常な膨張(レポ市場、CP市場への機関投資家の貨幣資本の継続的投入)、住宅バブル崩壊を契機とするこれら資本市場からの貨幣資本の急激な流出とこれら市場におけるリスクプレミアムの急上昇(この変化は、高レバレッジ型機関投資家に連鎖的な資金不足・巨額の評価損失を引き起こし、結果としてシステミック・リスクを顕在化させる)、さらにこの結果高レバレッジ金融機関が余儀なくされたバランスシート圧縮(逆レバレッジ)が主要であったと考えられる(逆レバレッジのメカニズムについては文献⑮)。
⑩いわゆる組成・販売モデル(OTDモデル)あるいはsecuritized-banking modelといわれる金融の仕組みの実体は、住宅ローン、レバレッジド・ローン、その他の銀行ローンが、銀行独自の金融仲介ビジネス(信用創造)としてよりも、主要には、レバレッジ依存型機関投資家の証券ビジネスの手段に転化され、仕組み証券の組成に必要な素材を提供する役割を担当していたという関係である。この関係の中では、銀行の貸し出し増加は銀行のバランスシートを膨張させず、証券化の仕組みを通じて、仕組み証券市場、デリバティブ市場、金融保険市場の膨張(=高レバレッジ型機関投資家の債務と資産の両建てでの業務拡大)として現れる。この関係が、現代米国の金融システムの最大の特徴であり、同時にシステムの脆弱性の原因である。

5.今回の世界金融危機は、報告者の理解では、金融証券化のもとでの金融恐慌の新しい形態をめぐる理論的問題だけではなく、現代資本主義の蓄積構造をめぐる、以下のような理論的問題を提起している。
 (1)前記3-①に関連して、現代資本主義の再生産・蓄積レジームを概念化した新しい現代資本主義論(国家独占資本主義、フォーディズム、ケインジアン福祉国家その他に代わる)を検討する必要がある。言い換えると、現代資本主義の歴史的限界と存続可能性を検討するという課題が提起されている。この作業は、新古典派経済学と新自由主義イデオロギーの批判を含意することになる。その場合、マルクス経済学の知見に加えて、制度学派、ポストケインジアン、進化経済学などかねてより新古典派・新自由主義批判に積極的に取り組んでいる学派の知見、とりわけ、「経済の金融化(金融市場と金融産業の膨張、それらが企業や家計の経済活動におよぼす影響の増大)」に着目してきた研究者の業績を念頭におく必要があるのではないか(文献⑯)。
  (2)前記3-②に関連して、今回の金融危機が前例のない規模の不動産・証券バブルとその崩壊、大手金融機関の破綻をともなった世界金融危機に発展したプロセスを解明するために、金融市場の変動を増幅させ、システムの脆弱性と不安定性を高めているBIS規制(とくにバーゼルⅡ)、時価会計、格付け制度その他の問題点を理論的に解明する必要がある。また、金融システムにおける銀行セクターの重要性の相対的低下、資本市場依存型(高レバレッジ型および資金運用型)機関投資家の役割の増大を念頭において、これらの機関投資家が運用・調達する「貨幣資本」の運動を立ち入って分析し、貨幣資本が不動産・証券市場で「利子生み資本」として価値増殖、蓄積を実現するメカニズムを改めて分析する必要があるのではないか。
(3)その場合、バブルの主因としてすでに広く流布している「過剰な流動性excess liquidity」は概念が多義的であり、他方、「過度の信用(膨張)excess credit」という概念は抽象的にすぎるという意味で、いずれも分析のための概念としては理論的な問題を抱えている。したがって、①「流動性liquidity」概念、および「信用credit」概念を批判的に検討する作業、これに代わる②貨幣資本money capital, 貸付可能資本loanable capital、利子生み資本interest bearing capitalなどの概念を吟味し、明確にする作業、さらにその上で③貨幣資本の「過剰」がいかなる事態を意味するのか、「過剰な貨幣資本」は具体的にどのような形態で運動しているのか、過剰な貨幣資本が現代の金融システムの内部でどのようにしてバブルとその崩壊を引き起こすのか、といった諸問題を、現実資本(産業資本および商業資本)の再生産・蓄積運動との関連で具体的に定義する、という三つの作業が必要であろう。
(4)3-③については、すでに他の研究者が多くの解明を行っており、報告者もすでにいくつかの論考を公表しているので参照されたい(文献⑨、第Ⅵ章、終章)。
(5)3-④については、日本ではまだ全体として検討が遅れている。アメリカでは、マルクス経済学、ポストケインジアン、フランスではレギュラシオン学派、ドイツでは制度学派の流れをくむ人々を中心に新古典派・新自由主義の批判的検討が進んでいるが、日本ではいくつかの先駆的な研究があるものの、全体としてはなお今後の検討が期待されるというのが報告者の判断である(アメリカにおける新古典派・新自由主義の批判的検討については、マサチューセッツ大学政治経済研究所(PERI)、バードカレッジLEVI研究所、が精力的に業績を公表している。これらの潮流と「経済の金融化」論との関連については文献⑯)

( 質 疑 )
建部正義氏(中央大学)
質問(1)報告では、過剰な貨幣資本、擬制資本などの用語は別として、全体的にマルク
ス経済学的な理論的枠組みが援用されていない。「現代の金融恐慌」ないし「国際金融危
機」を分析するにあたって、マルクス経済学的な理論的枠組み――金融の本質、金融資
本、国家独占資本主義など――は、有効性をもたないということなのか。
(回答)報告者は、今回の金融危機を国際金融恐慌ととらえ、それを単に金融制度の不備や金融産業の暴走によって説明するのではなく、基本的に現代資本主義――とくに、1970年代以降に形成された金融主導型資本主義――の蓄積構造の矛盾の集中的な発現形態として説明しなければならないと考えている(文献⑨)。しかし、この蓄積構造を具体的に分析する上で、金融資本、国家独占資本主義などの概念が不可欠であるとは今のところ考えていない(なお、マルクス主義経済学の立場からの注目に値する金融危機分析については、文献⑧)。報告者はマルクス経済学の理論的枠組みを意識的に避けているわけではないし、報告者の見解がそれと根本的に矛盾するとも考えていない。

質問(2)「金融資本主義」「カジノ資本主義」という用語が現存するなかで、なぜあえて「経済の金融化」という用語に固執するのか。前者に比べて後者が、概念的にすぐれているとは思われないが。
(回答)1970年代以降に形成された現代資本主義の構造的特質を全体としてどのような概念で捉えるべきかについて、現代経済学では定説がない。ご指摘のように「金融資本主義」「カジノ資本主義」という表現もあるが、国際的に見ると、1990年代以降もっとも広く使われているのは、報告者の知る限り、「経済の金融化financialization, Finanzialisierung」という表現である(文献⑯)。この用語は、ポストケインジアン、レギュラシオン学派、ラディカルエコノミックス、現代マルクス学派、一部制度学派その他で国際的に広く使われている。また、この概念を重視する経済学者のグループが、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスなどで活発に業績を出している。この用語に確定された定義はないが、一般には、金融市場が膨張し、金融産業の影響力が強まった現代資本主義の特徴を全体的に言い表す用語として使われており、その意味で現代資本主義を特徴付ける言葉として一定の有効性をもっている。また、質問者のいわゆる「金融資本主義」あるいは「金融主導型資本主義」などの用語と矛盾するとも考えない。ただし、報告者は「金融化」という用語に固執するつもりはないし、この用語を使用することで現代資本主義の具体的な解明それ自体が進むと考えているわけではない。重要なことは、現代資本主義の歴史的特徴、構造的矛盾、それらの発現形態を具体的に明らかにし、それらを表現するのに最適な用語を選ぶことである。今後、さらに適切な概念が世界の研究者の間で見出され、普及する可能性も否定できない。

質問(3)「過剰な貨幣資本」の運動と実体経済の運動との相互関係に注目すべきである。現代では、企業自体も「過剰な貨幣資本」が生み出すバブルを利用する以外には、期待した利潤率を実現できない構造になっている。その意味で、両者は運命共同体の関係にある。また、だからこそ、「世界金融恐慌」は「世界恐慌」とむすびつくのだ。報告は、やや金融的側面の分析に傾斜しすぎていないか。
(回答)本日の報告は、今回の金融恐慌の特徴を明らかにすることを主眼としており、その限りで、金融の分析に焦点が絞られ、現代資本主義の蓄積構造の全体を説明していないことは指摘の通りである。事前に配布されたレジュメにまとめているように、当初は、経済の金融化、過剰な貨幣資本、金融証券化などをキーワードとして、資本主義の歴史的構造的変化と金融システムの変化を関連付け、もっと広い視点から報告する予定であった。しかし、与えられた時間内で、現代資本主義の蓄積構造を明らかにし、これを踏まえて金融恐慌の特徴を説明することは困難であることが明らかになった。その結果、先のレジュメとは異なった、金融に限定した報告内容になった経緯は、報告の冒頭で説明した通りである。しかし、金融恐慌を金融制度の枠組みの中だけで説明することはできないし、したがって、今後の金融制度改革をめぐる議論も、金融制度の枠内だけでは完結しないということは、報告でも触れたし、報告者は別の機会に繰り返し強調してきたところである。

質問(4)報告で、アメリカにおけるレポ市場・CP市場の位置と役割を強調した点は評価
したい。しかし、それでもなお、「過剰な貨幣資本の源泉」をどこに求めるのか、という
疑問が残る。レポ市場・CP市場は、既存の貨幣資本の流通速度の加速を通じて、それ
を効率的に活用することはできても、自らは貨幣資本を創出することができないからで
ある。そうだとすると、やはり、銀行による信用創造という原点に注目せざるを得ない
のではないか」
(回答)レポ市場やCP市場は、過剰な貨幣資本の「源泉」ではなく、それの世界的な
貯水池あるいは「プール」である。源泉は、現代資本主義の蓄積構造と所得分配構造の
中にある。報告者の主眼は、(1)1970年代以降の資本主義の構造変化と新自由主義的経済
政策によって貨幣資本の蓄積が加速化していること、(2)経済成長をはるかに上回る速さ
で世界的に蓄積される貨幣資本が、銀行だけではなく年金、保険、投資信託その他さま
ざまな機関投資家と富裕な個人投資家の手元に集中され、その多くが、実体経済から遊
離した擬制資本市場で運用されるようになっていること、(3)その際、レポ市場やCP市
場が、銀行と機関投資家が運用する「過剰な貨幣資本」の巨大なプールになっているこ
と、(4)したがって、このプールなしには、現在われわれが目の当たりにしているような
投資銀行、ヘッジファンドなどの活動も不可能であること、(5)要するに、金融恐慌が今
回のような形態で発生した理由を明らかにするためには、これら機関投資家の活動と短
期金融市場の関連に注目する必要があることを説明することである。
銀行の信用創造について言えば、報告者の理解では、それは本来銀行の預金「通貨」
の創造であり、新しい資本の創造ではない。銀行は、流通に必要な通貨を創造・供給することができるが、資本(剰余価値)を創造することはできない。ただし、不換制度のもとでは、信用創造によって、新たに再生産に投じられる貨幣資本が擬制的に「創造」される可能性がある。ただし、この問題をきちんと分析するためには、「通貨の前貸し」と「資本の前貸し」の区別と関連を立ち入って説明しなければならない。
現代の金融恐慌の分析において重要なことは、銀行の信用創造がどのようにして過剰な貨幣資本を作り出すかという問題ではない。むしろ説明が必要なのは、なぜ現実資本の蓄積の停滞と並行して過剰な貨幣資本が急速に蓄積されるのか、また、蓄積された貨幣資本を誰が支配し、どのように運用しているのか、現実資本の運動法則と貨幣資本の運動法則との間にどのような関連と矛盾が作用しているのかということを具体的に分析することである。なおマルクスは、現実資本と貨幣資本の運動の関連を『資本論』3巻で考察しているが、そこでは銀行の信用創造だけではなく、現実資本の運動のさまざまな契機が(過剰な)貨幣資本を生み出すことが説明されている。要するに、過剰な貨幣資本を作り出すのは、なによりもまず、現実資本の再生産活動(過剰蓄積や再生産の収縮他)である。しかし、擬制資本市場のバブルを利用する投機的な貨幣資本の「蓄積」については、現実の金融システムの分析をふまえた独自の考察が必要であろうと考えている。

質問(5)報告において、「信用創造メカニズム」と並存する「シャドーバンキング」の役割
を強調している点も評価したい。しかし、「シャドーバンキング」の役割を強調すること
は、アメリカ的特殊性の強調につながる恐れがある。現代資本主義の一般的特質とアメ
リカ的特殊性をどのように切り分け、あるいはそれらを統一し、「国際金融危機」の分析
につなげようとしているのか。
(回答)シャドーバンキングの範囲をどのように線引きするかにもよるが、報告者は、
預金保険制度に加盟せず、BIS規制からはずれ、直接中央銀行から監督されないさま
ざまな金融機関(投資銀行を含む)を総称する広義の言葉として使用している。証券会
社、ノンバンク、投資信託、ヘッジファンド、SPCその他のシャドーバンキングセク
ターが預金取り扱い金融機関(銀行)に比べて相対的に大きくなる傾向は、アメリカで
顕著であるが、アメリカだけではなく、金融自由化と金融イノヴェーションが進む各国
に共通の現象であると考えている。ドルが基軸通貨であり、アメリカの金融市場(とく
に証券市場)が世界的に見て圧倒的な規模に拡大し、ウォール街の大手金融機関が国際
金融市場の動きを主導して金融グローバル化を進めてきた現代金融の構造を念頭におく
と、アメリカの金融市場と金融産業の分析は、現代金融全般の分析の重要な焦点になら
ざるを得ない。しかし、ご指摘のように、アメリカの金融制度が特殊(投資銀行のヘゲ
モニー、金融証券化の異常な進展、複雑な監督制度、ファイナンス論の隆盛、機関投資
家の運用資金の膨張、格付け制度、他)であることも事実で、現代金融の分析がアメリ
カの金融制度の分析で代替できないことも明らかである。金融のグローバルスタンダー
ドとアメリカ型金融システムの関連をもっと具体的に解き明かすことが必要で、報告者
の今後の課題としたい。

木村二郎氏(桃山学院大学)
質問(1)今日の事態を金融恐慌あるいは金融危機と呼ぶ理由を明らかにしてほしい。
(回答)質問の趣旨が報告者には必ずしも明確ではない(今では、世界中の専門家が今
回の事態を金融危機と呼んでいる。ただし、危機、恐慌、パニックなどの用語をきちん
と区別して定義している文献は少ない)が、とりあえずお答えする。
2007年夏にサブプライム問題として国際的な不動産バブルと仕組み証券バブルの崩壊
が顕在化して以降、2008年春まで、報告者は事態を大規模なバブル崩壊による金融市場の深刻な混乱ではあるが、監督機関と金融界が協力して恐慌への発展を封じ込める可能性がないとはいえない、という意味で「金融危機」と見なしていた。しかし、2008年1月にスーパーSIV計画が放棄され、仕組み証券市場の最大の支柱であった政府系住宅金融公社とモノライン保険の経営危機が表面化した段階で、「危機」が「恐慌」に発展する可能性(金融界と監督機関が事態をコントロールできなくなる)が高まったことを認識した。さらに、2008年3月のベアスターンズ破綻を経て、夏には二つの政府系住宅金融公社の破綻が明らかになり、メリル・リンチにつづいて9月にはリーマン・ブラザーズ、AIGが破綻し、ゴールドマン・サックスとモルガンスタンレーの業態転換でアメリカの投資銀行が消滅しただけではなく、スイスでもUBSが事実上破綻して政府管理に移され、証券市場、為替市場に2007年夏の混乱をはるかに上回る混乱が引き起こされ、政府が巨大かつ超法規的な救済計画に乗り出さざるを得なくなった時点で、「金融恐慌」と見なすことにした。
この局面は、欧米文献では金融崩壊(financial meltdown),あるいは金融恐慌(financial
panic;financial crisis)と表現されることが多いが、報告者はマルクスのいわゆる「過剰資本」の暴力的整理という意味で、そして、今回の場合、過剰資本が現実資本よりもむしろ貨幣資本の過剰であったという認識から、世界的に莫大な貨幣資本の暴力的整理が波状的に起きたという意味で、金融恐慌という用語を使用することにした。また、アメリカでは、経営危機に陥った大手銀行だけではなく、地方銀行も含めて銀行セクター全体が資本不足(insolvency 支払い不能状態)に陥っていると認識している(銀行制度自体のsystemic crisis)。なお、金融恐慌の用語を使用することには、すこし別の意味合いが付随している。恐慌(systemic crisis)には、これまでのレジームあるいはシステムが、そのままでは存続できなくなるという含意がある。報告者も、現在の金融システムをどのように特徴付けるにせよ、このシステムはもはやそのままの姿では存続ができなくなったと理解している。しかし、もちろんそれは、資本主義体制それ自体が存続不能になったという意味ではない。

質問(2)過剰な貨幣資本の「過剰」とはどのような意味か。単に「運用先のない貨幣資本」
であれば、余剰(遊休)貨幣資本のことでしかない。事後的観点からバブルを発生させ
たものが過剰な貨幣資本というのであれば、事前的にはなにも言えない事にならないか。
(回答)たしかに、金融にかぎらず、多くの経済事象に関して「過剰」を明確に定義し
たり、解析したりすることは容易な作業ではない。過剰生産も、それを単に売れない商
品の大量生産と定義しても、それはある意味トートロギーであろう。しかし、誰も、あ
る商品の需要の先行きを事前に正確には予測できないし、需要に影響するすべての要因
を知ることもできない。同じことは、過剰蓄積、過剰設備、過剰な労働力(余剰労働力)、
過剰流動性、過剰信用、過剰な通貨、過剰貸し出し、過剰借り入れ、等々にもいえるだ
ろう。しかし、明確に定義できず、事後的にしかわからないからと言って、その概念が
現実の説明に役にたたないとか、無意味であるとは考えない。
「過剰な貨幣資本」は、現代資本主義の再生産にともなう諸現象を説明するためのキー
ワードの一つとして、世界的に広く利用されている。この用語も、先の「金融化」と同
様に、世界的に共通で明確な定義があるわけではないが、一般には、銀行、機関投資家、
個人投資家その他の手元に集中された貨幣資本の中で、現実資本の蓄積(新しい投資)
に充てられないで、主として証券市場、商品市場、不動産市場、為替市場その他の擬制
資本市場で、金融的利得(キャピタルゲイン、鞘取り、手数料他)を目的に運用されている
資本を意味する言葉として使われている。例えば、証券市場には、企業が長期資本の調
達のために新しい証券が販売される発行市場と、企業の投資活動とはとりあえず無関係
に、投資家同士が証券を売買する流通市場がある。流通市場で、キャピタルゲインをね
らって運用される貨幣資本は、証券価格には影響を及ぼしても、現実資本の蓄積に入り
込まないという意味で、現実資本の再生産から遊離した、過剰な貨幣資本と考えられる。
貨幣資本を管理する投資家が、なぜ現実資本への投・融資ではなく、擬制資本市場に
「投資」するのかといえば、それは企業から資金需要がないからではなく、さらに、現
実資本に投資しても利益が得られないから、でもない。それは、かれの想定では、擬制
資本市場で運用する方がより高い利回り(リスクを勘案して)が期待できるからである。したがって、例えば企業に投資すれば平均で5%の利回りが期待できても、ヘッジファンドに投資すれば10%の利回りが期待できるなら、投資家はヘッジファンドへの投資を選択するであろう。こうした想定が、その通り実現するか、単なる幻想であるかは、事後的
にしかわからない。周知のように、投資家の期待は、一定の範囲では、「自己実現」する。
バブルが崩壊するまでは、投資家の予想は「自己実現」する。しかし、たとえ予想通り自己実現しても、10%の利回りを要求する貨幣資本は、現実資本の立場からは必要としない資本であり、過剰な資本である。逆に、証券市場や不動産市場でバブルが崩壊し、貨幣資本家が現実資本の提供する2%の利回りでよろこんで投資するなら、それはもはや過剰な貨幣資本ではない。要するに、既存の貨幣資本の中でどれだけが過剰になるかは、現実資本への投資と、金融的投資との期待利回りの相対関係によって変動するのであり、あらかじめ定義によって過剰な貨幣資本の存在量が事前に決まっているわけではない。ここで重要な問題は、擬制資本市場や投機市場で投資家が期待する利回りは、とりあえず、現実資本が生み出す一般的利潤率とは関係がないということである。例えば、ヘッジファンドは、経済成長率がゼロパーセントで、企業がほとんど利益を上げられず、株価が大幅に下落している状態で、10%以上の運用利益を、少なくとも一定期間実現することができる。事実、今回の金融危機発生後、いくつかの大規模ヘッジファンドは空売りやオプションを利用して、莫大な利益を上げたことが知られている。同様の乖離は、年金基金、投資信託など他の機関投資家についてもいえる。擬制資本市場を律する「リスクと利回り」の関係は、現実資本の運動を律する平均利潤・生産価格の関係とは根本的に異なっている。現実資本の再生産の観点から見た貨幣資本の過剰は、このように複雑な関係を含んでいる。
報告者のいわゆる「金融化」が進展した現代資本主義のもとでは、金融市場が極度に肥大化し、過剰な貨幣資本のいわば「自律的」な運動が、実体経済に及ぼす影響が強まっている。このために、過剰な貨幣資本の運動と作用に着目して総資本の運動を分析することが必要になる。その場合に、過剰な貨幣資本の主要な管理者が、かつての銀行からさまざまなシャドーバンキングに移り、とりわけ、投資銀行と機関投資家が形成するグローバルな「金融証券化」のネットワークに着目する必要がある、というのが報告の趣旨である。そして、過剰資本あるいは資本の過剰蓄積という概念が、概念として明確に定義されていなくても(定義されているのかもしれないが)、恐慌の分析に有益な、むしろ不可欠の概念である(少なくとも報告者はそう考えている)ように、現代の貨幣恐慌の分析に際しては、過剰な貨幣資本の概念がやはり有益かつ不可欠ではないかと考えている。
「金融危機の複雑さは、はじめは、人にめまいを起こさせるほどであるが、われわれはその根本的なメカニズムを明らかにすることができる。出発点は、利回りを最大化しようとする莫大な規模の「自由な」資本の存在である。これらの資本は周期的に利益の上がる新しい市場を開拓し、自己実現予測という原則にもとづいて作用する投資ブームを引き起こす。資本は、見たところもっとも利益が見込まれる分野に殺到し、そこで価格を押し上げることで、当初の楽観論を証明する。これに対して投げかけられる、株式市場や不動産市場は無限に膨張できないという警告は、すべてが筋書き通りに進行するために、笑い飛ばされる。」(文献⑧ 173ページ)
「金融バブルは、貪欲な投機家の幻想に根ざすだけではない。それは、永続的に生み出される過剰な資本(Übershussige Kapital)によって育まれるのである」(文献⑧ 178ページ)

質問(3)バブルや金融危機の分析にさまざまな機関投資家の運用する「過剰な貨幣資本」の役割が強調されているが、報告資料に照らしても、銀行の信用創造もやはり重要な役割を果たしているのではないか。
(回答)報告者は、バブルや金融危機の発生過程で銀行の信用創造が重要な役割を果たさないと考えているわけではない。実体経済内部での商品流通に必要な通貨を銀行が供給するように、金融資産や不動産の膨大な取引が貨幣で決済され、取引の膨張が追加的な「通貨」を必要とする限りでは、それは銀行によって供給される他はない。周知のように、投資銀行、保険会社、機関投資家その他は、信用を供与することはできるが、通貨を新たに供給することはできない。ただし、追加的な通貨の供給と、再生産の拡張をもたらす新しい資本の供給を区別する必要があるように、金融資産の取引に必要な通貨の供給と、金融資産に投資される貨幣資本自体の供給とは、区別される必要がある。
重要なことは、バブルや金融危機は、「通貨の過剰供給」によって引き起こされるのではないということである。銀行が、商品流通や金融資産の「流通」に必要な「通貨」を創造して供給する限りでは、バブルは発生しない。バブルや金融危機は、銀行の貸し出しが本来の信用創造(=通貨供給)機能を超えて「過剰な信用」を供給することで引き起こされる。そして、信用を供給できるのは銀行だけではないから、過剰な信用を引き起こすのは、銀行の貸し出しだけではなく、とくに現代では莫大な貨幣資本を管理する機関投資家その他によっても引き起こされる。報告者が強調したいのは、今日の、とくにアメリカの金融制度の内部では、信用のますます大きな部分がさまざまな機関投資家、あるいはシャドーバンキングによって担われるようになっており、しかも、その信用の大きな割合が金融市場での投機的取引に利用されるようになっているということである(文献⑨第Ⅰ章を参照してほしい)。このことは、金融証券化のもとで発生した今回の金融危機では、とくに当てはまる。その意味で、過剰な貨幣資本の発生過程(この過程の分析は現代資本主義に独特の資本蓄積構造の分析を含む)と、それがさまざまな機関投資家に集中され、運用されている実態を具体的に分析することを抜きにして、現代の金融恐慌の分析は不可能であると考える。
(上記のお二人のコメンテータ以外に、当日の参加者から多くの質問をいただいたが、内容的に重複する質問もあり、すでに与えられた紙数を超えているので、個別の回答は割愛させていただきたい。)
  
         《 参考文献(順不同) 》
①Laeven,L. & Valencia, F.( 2008), Systemic Banking Crises: A New Database, IMF working paper, (November).
②Roubini,N.(2009) 10 Reasons why Stress Test Results are Too Optimistic.
③McKinsey Global Institute(2009), Will US Consumer Debt Reduction Cripple the Recovery?
④Reinhart,C.M. & K.S.Rogoff(2009) The Aftermath of Financial Crises, NBER, working paper(January)
⑤Christopher Whalen(2009), Statement before the Committee on Banking , Housing and Urban Affairs, Subcommittee on Securities, Insurance, and Investment, US Senate, (June 22)
⑥Gorton, Gary & Andrew Metrick(2009), Securitized Banking and the Run on Repo, Yale ICF, working paper, No.09-14, (July)
⑦James A. Kahn(2009), Productivity Swings and Housing Prices, FRBNY Current Issues, July.
⑧Husson, M.(2009), Kapitalismus pur, ISP KÖln.
⑨拙著『金融恐慌を読み解く』(新日本出版社 2009)第Ⅰ章。
⑩The Financial Services Roundtable(2009), The Financial Services Fact Book 2009.
⑪Tett,G.& P.J.Davies(2007), Out of the Shadows: How Banking’s Hidden System Broke Down,(Financial Times, December 17)
⑫D’Arista, J. & T.Schlesinger(1992), The Parallel Banking System, Economic Policy Institute. briefing paper.
⑬Hordahl, P. & M.R.King(2008), Development in Repo Markets during the Financial Turmoil, BIS Quarterly Review, (December)
⑭Chari,V. L.Christiano and P.J.Kehoe(2008), Facts and Myths about the Financial Crisis of 2008, FRB Minneapolis, working paper, (October) 
⑮Adrian,T. & H.Shin(2008), Liquidity and Financial Cycles, BIS working papers, 256, (July)
⑯拙稿「現代資本主義論としての経済の金融化論」中央大学企業研究所『企業研究』
 第14号 (2009年3月)

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