講演・報告資料

企業研究所シンポジューム(2009-01-29)

(報告要旨)「国際金融危機とToo-Big-To-Fail問題」

Ⅰ 今回の金融危機の特徴
① 金融グローバル化、金融証券化が全面的に進展したもとで発生した最初の世界金融恐慌
② 金融危機が世界金融恐慌に拡大するのを抑え込むことができず、さらに世界同時不況につながった
③ 米欧の大手銀行、大手投資銀行が莫大な損失を計上し、相次いで経営危機に陥り、80年代以降国際金融市場を主導してきた「投資銀行モデルが終焉」した
④ 仕組み証券市場の崩壊をくいとめるためのスーパーSIV計画が断念され、米欧日の大手金融機関と米財務省の共同で金融危機を封じ込める体制をつくれなかった
⑤ アメリカを先頭に、大恐慌以降前例のない大規模な政府・金融当局による介入、救済が展開されている(Too-Big-To-Fail問題)

  Too-Big-To-Fail問題は、金融業の規制監督、および一般的に金融市場の効率性評価などの観点からも深刻なジレンマを含む複雑な問題であり、米国では80年代以降、ながい論争の経緯がある。今回の銀行救済・政府介入をめぐっても、今後さまざまな検証が行われると予想される。日本でも1990年代バブル崩壊後の金融危機に際して大規模な銀行救済策が実施されたが、これをめぐる議論はもっぱら国会での議論が中心で、学会レベルでは継続的な検討がなされてこなかった。(米田貢 『現代日本の金融危機管理体制』415㌻。

本報告では、上記のToo-Big-To-Fail問題に焦点をあてて、(1)その歴史、論争、ジレンマ、(2)ジレンマが解決されない背景、(3)解決のための可能な選択肢について検討する。

Ⅱ Too-Big-To-Fail問題とは何か

① Too-Big-To-Fail 政策の起源と歴史
1950年連邦預金保険法改正以前の破綻銀行処理(清算とペイオフ、他銀行による買収)
1950年法改正後 オープン・バンク・アシスタンス(OBA)方式導入
 1950-70年間、OBA方式は採用されなかった(倒産銀行数82行)
1971年 ユニティ銀行(ボストン)で初めてOBA方式採用(不可欠性原則が理由)
1980年 最初の「大規模銀行」救済(ファースト・ペンシルベニア銀行)
    1782年設立、総資産92億ドル、ペンシルベニア州最大
    同行にFRB が5億ドルの救済資金と10億ドルのクレジットライン設定
1984年 コンチネンタル・イリノイ銀行(総資産470億ドル、FDIC の負担は11億ドル)
 コノバーOCC長官が11行の大規模多国籍銀行がTBTFであると証言
1990年 バンク・オブ・ニューイングランド銀行(総資産300億ドル、OCC は三つのブリッジバンクを設立し、すべての預金を保護。最終的に1991年、フリート・ノースター・ファイナンシャルグループに売却)
この、BNE処理をめぐって、TBTF原則をめぐる論争が活発化した。この論争活発化の背景には、80年代後半期に発生した貯蓄貸付組合(S&L)の大量倒産、テキサス州における複数大規模銀行の倒産、などが関係していた。
TBTF原則に対して厳しい批判を展開したのは、Shadow Financial Regulatory Committeeと称する専門家グループ(G.Kaufman, E.Kane, G.Benstonなどを中心に12人の専門家が1985年に結成。詳細は、G.Kaufman, Make FDIC Insurance Redundant, Challenge, Jan/Feb. 1990. pp.13-17 を参照)であった。彼らの改革案の骨子は、①TBTFを理由とする預金保証の禁止、②市場リスクを念頭に入れた新しいリスク評価基準の導入、③自己資本比率を基準とする早期是正措置導入。
1991年連邦預金保険公社改善法(FDICIA) 成立
 ①銀行破綻処理における「最小費用原則」の選択義務(ただし例外規定を残した)
 ②自己資本比率の低下に対する早期是正措置
 ③自己資本比率未達銀行に対する「最後の貸し手機能」提供の制限
 ④システミック・リスク防止のための銀行間(コルレス含む)取引制限他
FDICIAの効果
 ①米銀の自己資本比率改善
 ②預金保険対象外預金の保護事例が破綻件数の50%以下に低下
 ③大規模銀行の破綻例(TBTFを理由とする救済)がなくなった
以上の経過については、Hetzel,R.L., Too Big To Fail: Origins, Consequences, and Outlook, Economic Review, FRB Richmond, Nov/Dec. 1991.pp.3-14. 拙稿「大規模銀行合併とToo-Big-To-Fail 問題」『立命館経済学』48/5、1999. を参照。また、FDICの銀行破綻処理については、FDIC, Managing the Crisis: The FDIC and RTC Experience 1980-1994. 1998. が詳細。 なお、1991-93年のFRB New YorkによるCiticorp 救済の経緯については、Washington Post, May 16, 1993.

② Too-Big-To-Fail 政策をめぐる論争

TBTFの必要性(当然のことであるが、監督機関関係者はこの立場が多い)
①大規模銀行の破綻が引き起こす金融システム全体への大きな混乱(システミック・リスク)とそれがもたらす莫大な社会的コスト
②大規模で多角化した巨大銀行の破綻がもたらす損失、混乱をタイムリーに予測することの困難(とりあえず、救済せざるとえない)
③ 破綻に瀕した大規模銀行を、預金保護なしに長期間放置して破綻処理に必要な検査や手続きを進める時間的余裕はない(預金流出による破綻、合併の受け皿が見つからない問題)
④ 膨大な数の預金者、コルレス先などから資金調達している大規模銀行を清算して、ペイオフ処理することの困難。

TBTF批判の根拠
 ①預金保険制度と「最後の貸し手機能」が確立されていれば、銀行の連鎖倒産や流動性危機によるシステミック・リスクは発生しない
 ②TBTFは、銀行行政のダブルスタンダードを生み出し、結果として大手銀行と預金者の双方に深刻なモラルハザードを引き起こす
 ③大規模で経営効率の悪い銀行を救済すれば、銀行業の効率性を損なう

TBTFは、望ましくないが、実際には廃棄できないし、されていないという見解
 包括的な議論としては、G.H.Stern & R.J.Feldman, Too Big To Fail: The Hazards of Bank Bailouts, Brookings Institution, 2004.

この立場は、以下の論点を提示している。

 ①金融自由化と独占禁止政策の後退によって、かつては考えられなかった大規模で多角化した巨大銀行が成立しており、これらの銀行が実際に破綻に瀕した場合には当局が救済に乗り出す可能性がきわめて高い。
 ②大規模で多角化した銀行は、巨額の資金を預金対象外の資金に依存している。したがってこれらの銀行の破綻に際しては、預金保険制度はセーフティネットとしての機能を果たさない。1998年の上位10社の総資産に対する預金の割合は48%、このうち、国内預金は28%にすぎない。
 ③大規模銀行が破綻した場合には、それが少数であってもFDICの基金が一挙に底をつく危険性が高い。しかも、近年の銀行集中によって、その破綻がFDICの資金枯渇を引き起こす可能性の高い銀行の数は急激に増大している。上位25銀行の資産集中度は1990年の32%から、98年には54%に上昇している。
 ④大規模銀行は、バランスシートに計上された総資産の20倍から40倍に達する莫大なオフバランス勘定を維持しており、その大半はOTC取引である。オフバランス取引やOTCデリバティブ取引に関する信頼できる情報は非常にすくなく、それらの取引スキームはきわめて複雑である。そのために、これらの銀行が破綻した場合にオフバランス取引やデリバティブ市場の混乱を通じてどのような問題が金融システムに波及するかを事前に予測することは困難である。
 L.Wall, Too-Big-To-Fail after FDICIA, Economic Review, FRB Atlanta, (1993) 78/1,pp.1-14. なお、FDICIAに至る論争史の概略については、前掲、拙稿参照。

⑤Too-Big-To-Fail 政策のジレンマ
TBTF政策は、非常に深刻なジレンマをはらんでいる。1980年代以降、主要国は金融自由化を進め、あわせて独占禁止政策の運用緩和を進めてきた。その結果、銀行集中が急激に進み、銀行組織が大規模化すると同時に、その業務分野と地理的拡大が歯止め無く進行した。こうして、かつてのコンチネンタル・イリノイ銀行やBNEとは比較にならない大規模で複雑な銀行組織が多数成立している。これらの銀行組織が実際に破綻に瀕した場合、金融当局が手をこまねいて見過ごすと信じている人は、実際にはほとんどいない。ウォール街の関係者の間では、TBTFは、いわば常識であり、銀行の格付け評価、リスクマネジメントその他の暗黙の前提になっている。要するに、金融当局は、一方で、民間銀行組織の集中と業務多様化をほとんど手放しで容認しながら、他方で、これらの銀行組織が破綻に瀕すれば中央銀行と財政資金を使って救済する「責任」を引き受けているのである。これは明らかにジレンマである。

H.Kaufman邦訳『カウフマンの証言』(伊豆村訳、東洋経済、2001)からいくつかの引用。
「巨大な包囲型金融機関は急速に金融の舞台に登場してきている。シティコープ――おそらく最も目立つ金融機関――は、その傘下に銀行、保険会社、投資銀行関連会社、金融会社がある。そのような機関がもっと多く組織されるほど、「大きすぎて潰せない」ということが多くなる」p.268.
「国が妥協せずに市場原理を採用することができる――また大きすぎて潰せないという考えも放棄する――唯一の条件とは、すべての大手金融機関が強すぎて潰れないという時である。その結果、それは緻密かつ継続的な公的監視に頼ることになる。・・・金融機関の緻密な公的監視がない規制緩和は、大きすぎて潰せないと考えられている金融機関を救うために明示的な誓約に頼らなければならない。この明らかなパラドックス・・・」p.290.
「最大の金融機関は普通の事業会社らしくはなく、その経済的機能と重要性においてもっと公益事業のように思われる、というのが金融機関の統合の本質的な要請である。より大きな社会の中で畏敬の念を抱かせるような役割と責任を担う認識がなければ、金融機関は統合を通じて非金融会社に対してあまりにも多くの影響力を持つことになる」p.291

しかも、実際に深刻な金融危機が発生して銀行が破綻すると、破綻した銀行は他の銀行に買収され、ますます銀行集中が進むというのは、TBTFのもう一つのジレンマである。
1990年代後半期に発生した日本の金融危機では、このようなTBTFの二つのジレンマが明らかになったが、今回のアメリカの金融危機でも、このジレンマが巨大金融機関同士の合併、買収という形で、もっと鮮明に表面化したといえる。
 日本のTBTF問題については、米田貢『現代日本の金融危機管理体制 日本型TBTF政策の検証』中央大学出版部 2007.を参照。

Ⅲ Too-Big-To-Fail 政策のジレンマはなぜ克服できないのか

① 金融危機の核心を「流動性危機」としてとらえる考え方
一部の金融専門家は、大規模銀行の破綻が引き起こす最大の問題は、連鎖的な決済不能(銀行間取引に典型的に現れる流動性危機)であると考えている。彼らによれば、流動性危機は一過的な問題で、時間が立てば銀行セクターから流出した資金が再び銀行セクターに流入することで解決する。中央銀行は、その経過期間中に最後の貸し手機能を活用し、流動性を補給すればよい。
この議論は、SFRCの共同議長であり、シカゴ学派を代表する金融論専門家の一人であるG.Kaufman(1989; 2003)に典型的に現れている。
 Are Some Banks too Large to Fail ?: Myth and Reality, FRB Chicago, Working Paper, June 1989. なお、Kaufmanの FDICIA成立後の銀行破綻の評価については、

 Too Big To Fail in US Banking: Quo Vadis ? Quarterly Review of Economics and Finance, Summer 2002, pp.423-436. 

 2007年夏のサブプライム問題発生以来、アメリカ政府と各国通貨当局が実施してきた対応策の基軸は「流動性供給」による銀行間取引の正常化であった。2008年秋以降、この対応策の不適切性が明らかになり、銀行への直接的な資本注入と部分的国有化が実施されるようになっている。問題は流動性消失ではなく、自己資本の消失(solvency問題)である。

② 市場は効率的で、銀行のリスクは、劣後債などのリスクスプレッドに反映され、銀行による過度のリスク取り入れは市場規律によって制御されるという市場信仰
このような市場機能への強い信頼は、現代金融論の一般的傾向である。ここから、システミック・リスクおよびTBTFを過度に深刻に考える必要はないという楽観論が成立する。代表的な見解として、例えば、
 F.S.Mishkin, How Big a Problem is Too Big To Fail ? : A Review of Gary Stern and Ron Feldman’s Too Big To Fail: The Hazards of Bank Bailouts, J.of Eco.Literature, Dec. 2006. pp.988-1004. これは、今回の金融危機ぼっ発のわずか半年前の論文である。

③洗練された金融政策運営によって、1980年代以降、景気変動が長期的かつ大幅に緩和され、TBTFを必要とする深刻な景気後退や金融危機は今後発生しないという楽観論
 代表的な言説として、B.S.BernankeのThe Great Moderation, speech at the meeting of the Eastern Economic Association, Feb.20, 2004.

Greenspanを先頭とする米国通貨当局の怠慢(バブルは実際に崩壊するまで認識できないという有名なGreenspan Put)と責任(かれは、その後、市場が政府よりも賢明であるという考えが誤りであったことを認めている)については、H.Kaufman, Who’s Watching the Big Banks?, WSJ, 2007/11/13, Financial Times, special report, 2008/12/16,を参照。ただし、Great Moderationというフレーズを誰が最初に使用したのかについては、報告者は詳らかにしない。GreenspanからBernankeに継承された、金融政策のスタンスに対するポストケインジアン(特にH.Minskyの金融不安定性論を継承する系譜)の批判については、The Levy Economic Institute のグループ(R.Wray,他)が有益なワーキングペーパーを多数公表しているので参照してほしい)

③ 大手金融機関やヘッジファンドのリスクマネジメントに対する過大評価
金融証券化、デリバティブ取引拡大を背景に、従来の信用リスクよりもむしろ市場リスクが重要になり、市場リスク評価の一般的手法としてVARが普及した。
BIS規制では、大手銀行に内部基準でのリスク評価を容認し、格付け会社の格付けをリスクウェイト基準として採用することを認めている。大手銀行と格付け会社が政府・監督機関よりもよりよくリスクを評価・管理できるという根拠の無い楽観論。
現実には、VARは、たとえ厳密なストレステストを行っていても、システミック・リスクが懸念される局面での市場リスク評価手法としては利用価値が低いことが判明。その主要な理由は、確率分布を評価するデータの不適切、金融市場の構造変化と市場間の複雑な相互関係の捨象、金融機関が晒される競争圧力の軽視、その他。
ただし、大手銀行のリスクマネジメントの脆弱性は、VARをベースとするリスク評価手法の問題だけではなく、組織内のリスク管理体制や投資銀行化(O&Tモデル)戦略自体にも潜んでいたことが指摘されている。
各国監督機関による銀行のリスクマネジメントの現状に関する調査リポートとしては、Senior Supervisors Group, Observations on Risk Management Practices during the Recent Market Turbulence, March 6, 2008. を参照。
なお、ヨーロッパ最大の金融コングロマリットUBSのリスクマネジメントの実態についてのスイス連邦銀行委員会の調査(Subprime-Krise: Untersuchung der EBK zu den Ursachen der Wertberichtungen der UBS AG, 2008/09/30. および、Globalisierte Kreditkrise—Konsequenzen fur die Bankenaufsicht, 2008/04. を参照。これによれば、UBSでは従業員22000人のうち、3400人がリスク管理を担当していたと記されている。この人々は何を「管理」していたのか??
なお、グラス=スティーガル法撤廃による大手銀行のユニバーサルバンク化がもたらすリスク増大の危険性については、A.Willmarth, The Transformation of the US Financial Services Industry, 1975-2000: Competition, Consolidation, and Increased Risks, University of Illinois Law Review, 2002,pp.215-476が必読文献。また、サブプライム問題とG=S法の関連については、Subprime Crisis Confirms Wisdom of Separating Banking and Commerce, George Washington University Law School, Policy Report No.5, May 2008.
あわせて、拙稿「ユニバーサルバンキング論の批判的検討」『企業研究所年報』中央大学、第18号、1997、を参照。

この点についての、H.Kaufmanの警告。「公的監視当局は金融機関が携わっている多様なオペレーションについてもっと知識を持つべきだ・・・その知識には、金融機関のリスクテーキング活動のすべて、リスクのモデル化の品質、貸借対照表の欄外の活動が金融機関の健全性に与える影響などを含んでいる」前掲『証言』p.291.
合わせて、彼のWSJ,2007/11/13,の論稿(前掲)より、
「巨大金融コングロマリットはわれわれの金融市場の不透明性を高めている。かれらの活動は、消費者ビジネス、トレーディングや投資、証券の引受、貸付、自己勘定取引、保険の引受、不動産の仲介、何十億ドルもの他人の資金の管理、コンサルティングやアドヴァイス、など多くのセクターにわたっている。かれらはますます活発にグローバルな活動を展開しており、いくつかの機関は利益の半分以上を海外活動で生み出している。かれらの規模、業務範囲、金融市場のインフラとしての重要性を、公表されているバンスシートから分析することは不可能である。これらの金融ビヒモス(聖書にでてくる巨獣の名、引用者)は、かれらの活動範囲があまりにも広大でつかみ所がない(deep)ために、否応なくTBTFである」

④ 時価会計主義と結合されたBIS規制の景気増幅作用に対する過小評価
BIS自己資本比率規制は、バブル期における資産拡張とバブル崩壊期における資産収縮のサイクルに対して大きな増幅作用をもつ。さらに、大手銀行の保有する有価証券に対する時価会計適用は、その増幅作用を倍化させる。その結果、大規模で巨額の有価証券を保有し、同時に大きなレバレッジを利用している大規模投資銀行では、資産価格の変動が投融資増減に及ぼす影響が甚大になり、結果的に大きな景気増幅作用をもつ。
 時価会計の資産サイクル増幅効果については、
   Adrian & Shin, Leverage and Liquidity, 2006 (working paper?)が明快な説明を提供している。

Ⅳ Too-Big-To-Fail 政策のジレンマをどう改善するか

H.Kaufmanの警告にもとづけば、金融機関を完全な自由と自己(無?)責任のもとに放置するという選択肢はない。(厳密かつ精緻に規制されない金融機関は倒産の可能性に晒されている)残された方途は、以下の3つであろう。

① 市場は基本的に効率的であるが必ずしも完全ではないという前提で、市場の透明性を高めることによって大規模金融機関のリスクを制御する方向(監督機関と経済学界の多数意見?)  例えば、F.S.Mishkin, (前掲)

② Too-Big-To-Failの対象になると想定される大規模金融機関について、他の金融機関とは異なる別の監督組織を設立し、厳格に監督する方向。大規模金融機関に対して、システミック・リスクの脅威のない金融機関よりも高い自己資本比率、流動性比率、預金準備率、預金保険料率などを設定することを含む。
 H.KaufmanのWSJ(前掲)および、同時期にFinancial Timesに投稿した論説

③ 長期的には、特定の金融機関の経営破たんが金融市場にシステミックな問題を引き起こさない程度に、必要であれば、政府が政策的に大規模金融機関の分割を進める方向

報告者が望ましいと考える選択は、これら3つを総合的に実施するという方向。
ただし、①の市場は基本的に効率的であるという信念は疑わしい。とくに、金融市場の効率性を過大評価しないことが重要である。金融市場が効率的であるためには、証券を含む金融資産の市場価格が適正であることが前提となるが、市場は、証券や不動産の適正な価格を効率的に「発見」することはできない。

さらに、市場の制度的・構造的問題から発生する不透明性が大きい。現代の金融市場は監督機関にとっても、ほとんど巨大な迷宮である。巨大で多角化した多国籍金融機関は巨大なブラックボックスであり、人間の理性的な管理の範囲を超えていると思われる(UBS, シティグループなどはその典型)。

したがって、具体的には、①については、オフバランス勘定の実態に即した取り扱い、デリバティブ取引によるリスク移転機能についての実態に即した取扱い、OTCデリバティブ取引の適切な取引機構への集中、タックスヘイブンの利用禁止、証券市場における格付け制度への過度の依存の見直し、時価会計が生み出す情報の適切な利用、その他の必要な市場改革を通じて市場の透明性と安定性を高めることが望ましい。金融市場それ自体が、適切に制度化されれば、不安定性を抑止できるかどうかは不明。H.Minskyによれば、このような意味での市場の安定性確保は望むべくも無い。しかし、市場の不安定性が金融機関と監督機関の協力によって抑止可能な段階で、危機のさまざまな「兆候」を感知し、予防的な対策を講じることは可能であろう。市場の透明性を高めることの主目的は、この点での金融機関と監督機関の感知能力を高めることである。

その上で、TBTFの対象になりうる巨大で複雑な金融機関については、H.Kaufmanが提案する趣旨の、特別の監視体制を構築する必要がある。これらの金融機関には、他の金融機関とは異なるプリューデンス基準(高い自己資本比率、高い流動性比率、高い支払準備率,高い預金保険料、その他)を課することによって、TBTFのレントが発生しないようにする。そうすれば、「大手金融機関が実際に規模の経済を利用できるかどうかまだ証明されていない」Kaufman,p.428.から、レントも規模の経済も利用できない金融機関がさらに巨大化・多角化をめざすインセンティブは軽減されると期待される。

大規模合併による規模拡大とレント狙いの誘因を弱めた上で、必要であれば、大規模金融機関の分割を促す。大規模金融機関の分割は、性急かつ強制的に行うのではなく、上記のプリューデンス政策を強めることで、長期的に、金融機関自体の自主的な解体を促すやりかたが望ましい。この問題については、金融業の集中を手放しで傍観してきたアメリカの市場主義者に比べて、TBTFだけではなく、市場での適切な競争確保、市場の機能を阻害する「経済権力」の未然防止の観点から、政府による大規模企業の分割に言及するドイツのフライブルク学派の主張の方に、報告者としては、論理的一貫性と誠実さを感じる。

 Walter Eucken, Grundsatze der Wirtschaftspolitik, 1952. 邦訳『経済政策原理』(大野忠男訳、ケイ草書房、1967)

 拙稿 「ヴァルター・オイケンの経済政策論についての覚書」『商学論纂』(2005/03)参照。

powered by Quick Homepage Maker 4.51
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional