講演・報告資料

サブプライム問題から国際金融危機へ(全損保)

──リーマン・ブラザーズ、AIG破綻後の金融危機の様相──

はじめに
 私は、07年からサブプライムローンをきっかけに表面化した金融危機について、比較的シビアな見方をしてきたつもりでした。IMFやOECDやアメリカの監督機関がサブプライムローン問題で最終的には金融機関に3千億ドルの損失が出るのではないか、あるいはそれを上まわるのではないかと議論がされている中で私は1兆5千億ドルぐらいに達するのではないかという厳しい見方をしていました。その上でいろいろなシナリオを考えていたのですが、この9月(08年9月)以降起きた事態は明らかに私の想定を大きく超えていました。
9月にリーマン・ブラザーズとAIG倒産のニュースが大々的に出てきました。その後、ワコビアがウェルスファーゴに吸収合併される。ワコビアというのはノースカロライナの銀行で本来は慎重な経営で知られていました。むやみに手を広げたり合併したりしない。今のバンクオブアメリアカもノースカロライナにあったネーションズバンクが母体ですが、そのネーションズバンクに比べるとワコビアは古風な質の良い大手地方銀行と見られていました。こうした銀行までもが成立たなくなってきました。
 そして、アメリカ政府は考えられることは全部やる、財政資金を7千億ドル用意して、これで証券を買い上げるだけではなく資本注入もやる。アメリカだけではなくイギリス・フランス・ドイツなどヨーロッパの主要国も同じようなことをやる。アイスランドでも金融危機が起きて、ロシアが5千億ドルを投じて救済するという報道がなされている。こんなことは私の想定外で、なぜそこまで問題が広がるのだろうか。
それから最近の全世界的な株価の暴落です。株が上がる理由はないと思いますが、ここまで暴落を繰り返して乱高下するのはなぜか。日本でも生命保険会社が破綻した。こうした9月以降起きた一連の大きな事件、この全体を一貫して説明できる問題の捉え方をしないといけないことになってきた。
ここ1ヵ月ぐらい、もう1度自分のこれまでの理解の前提を再検討しなければいけないと思い色々勉強しました。その限りでまだ、これはこうだ、これとこれはこう繋がっていると皆さんに話をするところまで私の勉強は進んでいないのですが、9月以前に比べると少し分ってきたこともあります。そういうことを中心にして今日皆さんにお話をして、それで参考にしていただけることがあれば参考にしていただいて、また色々なご意見や批判をいただいて今後の勉強の手がかりに出来れば大変ありがたいと思っております。

1 サブプライム問題顕在化から08年9月危機まで

07年夏から今年(09年)9月までの経過は、いわゆるサブプライムローン問題に端を発する金融危機として多くの人に取り上げられてきました。これは、2000年~2001年にかけてアメリカのITバブルが崩壊して株価が暴落をする。特に証券会社や投資銀行にすすめられて新規上場した何百という新しいIT関係の企業が軒並み倒産をした。IT産業が発展した結果アメリカ経済は二度と不況に陥ることはないというニューエコノミー論という学説がありましたが、2000年から2001年にかけて、ITバブルの崩壊によって、彼らがいってきたことが間違いだということが完全に明らかになった。
この時にエンロンやワールドコムのような全米で6位、8位という非常に規模の大きい、しかし正体不明の会社が相次いで倒産をして、連邦準備制度理事会は、それがアメリカ経済を不況に引っ張りこむのではないかと恐れ、極端な金融緩和をすることになります。さらにこれに、2002年9月の同時多発テロ事件が追い討ちを掛けました。
IT産業の株式に投資をしたり、その他ITがらみのビジネスで儲かっていた金融機関や機関投資家はこのバブルが崩壊したために資金を一斉に引上げ、今回大きな問題になっている住宅バブルを引き起こす住宅金融の方に流れていきます。ITバブルから引き上げられた資金は、住宅金融だけではなく、同時に並行して高リスクの商工向けローンや商品先物市場に入っていきます。この商品先物市場も、この夏(08年)に原油価格が150ドルぐらいになるという異常な状況を引き起こし、原油だけではなく穀物の価格が暴騰してそれが庶民の生活にまで及んでくるという状況がありました。
これについては、アメリカの議会でたくさんの優れた研究者の議会証言が出されています。中国が石油を使いすぎだとかインドが使いすぎだとか、埋蔵量がどうだとか、投資銀行と一部メジャーと商品先物委員会が流しつづけた情報が全く嘘だということがアメリカの議会で公式に8月の段階で暴露されました。特に04年までに、IT市場から出ていった投機資金が、住宅金融だけではなくて商品先物市場に入っていって、この市場を完全に投機のための金融市場に変えてしまったという経緯があります。
サブプライム問題に戻りますが住宅バブルが引き起こされて、それがとんでもない規模に拡がって、そこから破綻が始まり住宅市場がバブル崩壊を起こします。この住宅金融、住宅ローンを担保にしていた不動産担保証券市場が崩壊して、そうしたものを組み入れていたCDO市場(債務担保証券市場)、証券を担保に組み入れる2次的派生証券市場ですが、それが連鎖的に崩壊します。
そうしたものを大量に販売をしながら自分でも抱え込んでいた大手の投資銀行、投資銀行部門を持つ欧米の大手金融機関、日本も含みますが、これらに莫大な損失が発生しました。このサブプライム問題のバブル崩壊が国際金融市場の資金の流れに異変を引き起こして、それが既に発生していた商品先物市場のバブルをさらに酷くしました。さらに住宅産業は波及効果が大きいですから、そこがバブル崩壊することは住宅以外のいろいろな分野に広がっていって、自動車や素材産業など実体経済に影響を及ぼしアメリカ経済がリセッションに入っていきます。大体これが08年9月以前に私が考えていたサブプライムローン問題の範囲です。

2 商工業向けサブプライムローンとジャンク・ボンド市場の収縮

しかし、その後発生した一連の事態はその延長線上では説明しきれないという気がしています。サブプライムがらみの問題以外に私の想定を超える重大な問題が次々と起きてくる背景に何があるのか。その後色々勉強して少なくとも2つ大きな問題があるのではないかと思うようになりました。
1つはサブプライム問題は、実は住宅ローンだけではなく、企業向けローンにもサブプライムローンがあったことが分ってきました。住宅ローンであれだけリスクの大きい無軌道なローンを膨張させた銀行が、企業にはきっちり貸していたということはありえないわけです。同じレベルの滅茶苦茶なローンがやはり2003年ぐらいから拡がってサブプライムローンと同じ時期に急膨張していたことがアメリカの専門家の実証的な調査で明らかになっています。
その規模はサブプライムローンに匹敵する可能性があります。このサブプライム商工ローンは、危ない中小企業やM&Aがらみの企業買収をしている乗っ取り屋向けのいろいろなローンを含んでいます。まともな審査がされないまま貸し出して、それもまた大半が証券化されているということです。
1980年代にジャンク・ボンド市場が大膨脹し、その後、M&A市場が崩壊して急激に破綻しました。このジャンク・ボンド市場は、当時の大手証券会社ドレクセルのマイケル・ミルケンが作ったのですが、彼はご存知のように数々の不正取引が明らかになり、有罪判決を受けてウォール街から永久追放されます。
こうして崩壊したジャンク・ボンド市場を、その後ゴールドマン・サックスも含めてトップの投資銀行や一流の商業銀行の投資銀行部門が今度は自分達が儲かる市場に仕立て上げていきました。
M&Aの資金はほとんどそこで調達されるのですが、そのローン自体がサブプライムと同じような形で膨脹していきます。資金調達の一環としてジャンク・ボンドという非常にリスクの高い、CDOのような金融工学を使った証券ではなく単純な社債ですが、巨額に発行されてしまっている。
そのジャンク・ボンドのデフォルト率がこの間急激に高まっています。そして先ほどの商工業向けのサブプライムローンのデフォルト率も急激に高まっています。これが住宅ローンの場合と同じようにデフォルト率が高まってきますとこれに関わった金融機関に莫大な損失が発生すると予想されます。
こういう予想はジャーナリストだけではなくてニューヨーク大学のエドワード・アルトマンという有名な専門家が細かく実証的に調べています。彼は現在のジャンク・ボンド市場、サブプライムローン市場、商工業向けローン市場、これがかなり危険なところにきているという警告を発しています。これが1つの問題です。

3 AIG破綻で浮かび上がった金融危機の全体構造

巨額のCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)

しかし、もっと不気味な問題は、信用デリバティブ、とりわけクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)市場をめぐる問題です。というのは、CDS市場は、その規模が莫大であり、非常に深刻なリスクをはらんでいるにもかかわらず、その全容が全く分らないからです。おそらくアメリカの連邦準備制度理事会も財務省も、このセクターがどうなっており、どれほどのリスクが含まれているのか、まったく分っていないと思います。
というのは、CDS市場は基本的に取引所を通さず、大手銀行のディーラーが相対の形で取りまとめるOTC取引のために、その規模や参加者の構成などについて、公式の統計が作られていないからです。
CDSの取引自体は一種の損害保険です。銀行が企業に対して貸し出す。そうすると貸し出しが回収できないリスク、いわゆるデフォルトリスク、信用リスク、融資を回収できないというリスクが生じる。貸し出しすると銀行は自己資本を積み増しする。自己資本を積み増すと自己資本利益率が落ちます。今の銀行はトコトン自己資本を積まないで、むしろ徹底的に自己資本を減らしたい。貸し出しをしても自己資本を減らしたい。でも貸し出した金利はポケットに入れたいという非常に都合のいい考え方で運営されています。これにぴったり応えるのがCDSです。
銀行が貸し出しをするとバランスシートに貸し出しが計上されます。それがデフォルトした場合の損失リスクに対してヘッジファンドや保険会社などから、損害保険としてCDSを買うわけです。これによって借り手企業が潰れたときには銀行はヘッジファンドからお金を払ってもらう。CDSはヘッジファンドが3分の1ぐらい売っているのですが、他の3分の1は多分保険会社が売っている。AIGはこの最先端をいっていました。その他、銀行同士もお互い買ったり売ったりしています。
CDSは一種のデリバティブで、ご存知だと思いますが、大抵のデリバティブ取引は、売った方は大変なリスクを抱えます。買うほうは自分が計算をして、ここまでのリスクと決めてその先は損害が及ばない契約を選ぶことができます。保険料を払って保険を買っていますので、その権利を執行しても利益が上がらない場合には執行しない。そこで払った保険料が無駄になる、買った保険が無駄になるということが最大の損失になるだけです。
ところが売った方は大変です。企業が破産したら貸しているお金を全部払わなければいけない。証券がデフォルトしたら無価値になった証券を額面で買い取らなければならない。その結果、どこまで損失が増えるか分らない。
この保険は1対1の取引です。銀行が企業に貸して、適当な相手を見つけて、そこから保険を買う。全部1対1の取引(OTC)で、どの銀行がどういうローンに対してどこから保険を買っているか、そのローンがどういうものなのか一切分りません。OTCは相対の個別契約だけで結ばれ、細かい報告は監督機関に行きません。仮に行ってもこうしたものは一々分りません。この保険=CDSの金額がBIS,国際決済銀行によると、2007年末で62兆ドル。おそらくそれを大きく分けると、ヘッジファンドが3分の1、保険会社が3分の1、その他銀行が3分の1で売っていると私は見ています。
AIGが潰れたのはロンドンの子会社を通じてこの保険をたくさん売っていて、この中にサブプライムの商工ローン、リスクの高い企業に対する貸し出しがいっぱい入っていたからです。当然そこからデフォルトが起こってくる。

貸し出しや、証券化商品購入を伴わないクレジット・デフォルト・スワップ

そして、CDSは貸し出しだけが対象ではないのです。サブプライムローンを組み込んだ証券(CDO)が大暴落しましたが、この証券に保険を売るモノラインという保険があって、これが莫大な保険を売っていました。銀行はかなりそういう保険を購入していました。このモノラインは、今は事実上破綻状態で、デリバティブ関係の証券の保険としては全く機能していません。これがやっていけなくなると巨額の証券の格付が無意味になりますから大問題で、アメリカの連邦準備制度理事会や財務省が投資家に働きかけて、とりあえず持ちこたえられるだけ持ちこたえさせるということで、資本を注入してテクニカル(法的)には生きていますが全く機能していません。
CDOにはこのモノラインが相当関わっていたのですが、それだけではなくて銀行がCDOを買ったときにはあわせてCDSも買っているのです。CDSはサブプライムの企業向けローンのCDOや、住宅ローンの証券化したモーゲージバック証券が中心になっているもの、自動車ローンやカードローンが中心になっているものなどいろいろなものにかかわって売られている。
銀行にCDSを売りますと保険会社やヘッジファンドには半年毎に保険料が入ってきます。多数のCDSをプールして、ここから入ってくる保険料を担保にして次の仕組み証券が発行されます。これをシンセティック(合成)CDOといいます。その入ってくる保険料をキャッシュフローに見た立て、それを担保にして、さらに違うCDOを作って売っているわけです。ヨーロッパの銀行が買っているCDOの多くはこれだと言われています。実際に証券を発行して、アメリカからヨーロッパに運んで証券を手渡ししたりすると証券の決済は結構費用と手間が掛ります。そうした面倒なことをしないで契約の上だけで全部済ませることができるので、ヨーロッパの金融機関はこれを買ったのではないでしょうか。
こうしてCDS市場ではリスクとキャッシュフローが色々複雑に繋がってくるのですが、いずれにしても貸したお金、買った証券がデフォルトしたら、そのリスクを取る金融機関が肩代わりしてくれるという損害保険です。これが62兆ドルあるといわれています。これに関わる問題は色々ありますが、一番怖いところから話しますと、保険金詐欺事件のような話になります。たとえて言うと自分の奥さんに保険をかけ、殺し屋を雇って奥さんを殺して保険料を騙し取るのと同じことが起きます。銀行がお金を貸して、その企業が危なくなる。そうすると企業を助けないで、貸し剥がし、貸し渋りをして企業を潰す。その結果ごっそり保険が入ってくるという仕組です。
今の説明は、一応銀行が貸し出しをしたとか証券を買った例で話しましたが、CDSの売買は実際の貸出や証券の購入が前提となっているわけではありません。奥さんや子供に収入がなくても保険を掛けるのと同じように、全く貸し出しもしていない、証券も持っていないのに、ある企業が潰れそうだと考えたら保険をかけるわけです。それを規制する法律はありません。そうでなければ62兆ドルという金額は説明がつきません。世界のGDP総額(約50兆ドル)をはるかに上回る62兆ドルという途方もない取引契約ができるということは、その多くは背後に何の実体もないということです。当然保険を売る立場のヘッジファンドや保険会社も、潰れそうな企業に対しては自分が保険を買っています。こうして銀行、保険会社、ヘッジファンド、企業などがお互いに保険金狙いの架空保険を掛け合う虚構の取引が、無限連鎖のように繋がっているのがCDS市場です。
ところで、AIGが危なくなると当然AIGに対して色々なヘッジファンドがショート(証券などが値下がりをしたら利益があがる取引、カラ売り)を掛けます。ショートは色々なやり方があります。AIGの株を借りてきてそれを売り浴びせて値段を下げて、買い戻すという単純なショートもありますが、プットオプションやCDSもその代用として使われます。前者は、一種の先物契約で、将来の一定の期間に値段がいくら以上下がったら自分が持っている証券を相手に高い値段で売るという契約です。
オプションは売った方は大変です。値段が下がり紙切れになってもそれを契約した値段で買い取らなければいけない。08年の夏にかけて、ベアスターンズやリーマン・ブラザーズの株価がどんどん下がっていきました。60ドルぐらいだったのが数ヶ月で一桁になる。これはいくつかのショート取引を得意とするヘッジファンドが連合軍を組んで売り浴びせていたわけです。
さらに、こうした情報が流れますと、他の機関投資家も恐怖に陥って同調的に売ってしまう。そうすると最初に売り浴びせた連中の思う壺です。これを専門家は自己実現的、セルフ・エンフォーシング・メカニズムといいます。ある種の強力な集団が動くと、それにつられて他の集団も同じ行動を取る。その結果最初に動いた強力な集団の狙ったとおりの結果が出てくる。これが企業殺しの手段として使えるわけです。それが一番恐ろしい話です。おそらくそういう目的で相当数これが取引されている。CDSを買うのが企業を潰して儲けようという金融機関だということです。
それからもう1つ。銀行は貸し出しをして保険を買うと、借り手が破綻しても貸出金を回収できますから、企業が潰れることに何の心配もありません。むしろ変にリストラされて生き残られると困ります。CDSというのは全部1対1の契約で、その中身は千差万別で、100のCDSの取引があればその中身は全部違います。相手先も違うし条件も違います。それでは、契約書を作れませんから、デリバティブ業界の国際組織、インターナショナル・スワップ・アンド・デリバティブ・アソシエイションが非常に簡単な雛型を作っていて、世界中のCDSがその雛型でとりあえず契約されます。
これは非常に簡単なもので、必要最小限度のことしか書いていません。ところが実際に企業がつぶれるときはいろいろな潰れ方をします。発生する損失も非常に計算が難しいし、この国際組織が作った雛型とぴったりと合う例というのはむしろ例外です。
企業が潰れると多くの場合訴訟が起きます。一方は潰れたのだから保険料を払え、他方は潰れたのではなくリストラだとか。現にアメリカでは訴訟が頻発しています。これからCDS問題が表面化して保険の支払いが増えてくると銀行もヘッジファンドも訴訟で身動きがとれなくなる可能性があります。
銀行は、企業が潰れた方がいいわけですから貸したお金がどう使われるかモニタリング機能を果たす必要はなく、いきおい無責任に貸し出します。これはサブプライムローンと同じです。証券化して投資家に売ってしまうのだから、とにかく貸して証券化してしまえば貸した相手が倒産しようと返してくれようと自分の手数料に一切関わりがないという話と全く同じ構造がここに出来上がっています。
このように非常に問題含みのCDS取引が世界で62兆ドルもある。これが世界最大の保険会社AIGが潰れた主要な原因です。
 
スタッフ377人の子会社が11万6000人の保険会社を瀕死の状態に

なぜ巨大な多国籍企業の保険会社があっけなく潰れたのかということを08年の9月28日付けニューヨークタイムスに、女性の金融ジャーナリストが書いています。
AIGを破綻させた悪性ヴィ―ルスは、わずか377人のスタッフを抱えて勝手に暴走するロンドンの子会社(AIGFinancial Product)で、ここからヴィールスが急増殖した。豪勢な年俸、ほとんどない監視、リスクを思い通りにマネジメントできるという金融工学に対する妄信が広まっている状況のもとで、この悪性ヴィールスが蔓延してしまった。何兆ドルものバランスシート、11万6000人の職員を世界130カ国に抱えていた世界有数の保険会社・AIGは全体として堅実な保険会社と見られていたのですが、これがあっという間に瀕死の状態になってしまう。
ヨーロッパの多くの銀行が保有証券のデフォルトに備えAIGからCDSを買っていた。そのロンドン子会社の収益は1999年の7億4000万ドルから2005年には32.6億ドルに増大している。これはAIG本体の全収益の17.5%を占めた。ロンドン子会社がここ7年でスタッフに払ったお金が35億6000万ドル、日本円にして3500億円をボーナスで払っている。

AIGはなぜ救済されたか

それではなぜ、AIGが救済されたのか。ウォール街の事情に詳しい人の情報によれば、ゴールドマン・サックスはAIGの最も重要な顧客、AIGの「デリバティブ・クラブの会員」であったと言われています。ゴールドマン・サックスはAIGの信用保険の重要な顧客であっただけではなく、自分がAIGと他の顧客との取引を仲介していた。いわば保険代理店の役割を果たしていた。
AIGロンドン子会社のCDS契約高は大雑把に見て5000億ドルであり、これが年間にもたらす保険料収入は2億5000万ドルに上った。それにも関わらず、この子会社は銀行であって保険会社ではない。実際の決済はフランスのAIGの銀行子会社を通じて決済されていた。アメリカの保険会社は全ていずれかの州の保険当局に登録をして、そこの監視を受けるわけですが、ここは一切アメリカの保険当局の監視を受けていなかった。
ロンドン子会社が販売したCDSは保険の対象になっている証券の価値が低下すると追加の担保を積まなければならないという契約になっていた。もしこの子会社が支払不能になればAIG本社が責任を負うという契約になっていた。本社が担保をつけることでロンドン子会社がいくらでもCDSを売りさばける支え棒を提供していたのだと思います。
AIG破綻の引き金を引いたのは、ロンドン子会社に発生した250億ドルの損失であった、ということです。あれだけ巨大な世界最大にちかい保険会社が、わずか400人足らずのスタッフの子会社の失敗によってあっという間に潰れてしまう危険をこのCDSは抱えているわけです。もちろんCDSを売っていたのはAIGだけではない。AIGが売っていたのはわずか5000億ドルですから、総額が62兆ドルだとすると61兆5000億ドル残っています。これをだれがどこに売っているのか。これは分らないわけです。記録がありません。
正式の銀行であれば連邦準備制度理事会は強制的に資料を出させて集計することができると思います。そうしたこともあってモルガンスタンレーとゴールドマン・サックスは同理事会の要請で銀行に転換したのではないかと思っています。つまり、同理事会はゴールドマン・サックス、モルガンスタンレーという生き残った2つの投資銀行を銀行に転換し、自分の監督下に組み込んで情報を出させようとした可能性があります。
62兆ドルのCDS市場には、CDSフォーティーンファミリーといわれる世界の14社の大手投資銀行やヨーロッパの大手金融コングロマリットがあり、これら上位14社で全取引の80%以上を扱っているといわれています。だからそこの資料を完全につかめれば、CDS取引がどのくらいの規模で、この半年間で実際の保険金の支払いがどれだけ増えてきているか、デフォルトがどれぐらい増えてきているかということはおおよそつかめるかもしれません。
AIGが破たんしたことが契機になって、ベアスターンズやリーマン・ブラザーズの場合も、CDSが大きい問題だったことが次第に明らかになりつつあります。CDOの評価損だけではなく、実はCDSの扱いで莫大な損失が出ている可能性があるということです。
ベアスターンズやリーマン・ブラザーズにこの関連の損失がどれくらい出てきたのかということはまだ明らかにされていませんが、アメリカの事情に通じた専門家はリーマン・ブラザーズやベアスターンズだけではなく、J・Pモルガンチェースなども巨額のCDS取引を抱えていると指摘しています。
ベアスターンズが破綻をしたときに、J・Pモルガンチェースに290億ドル、日本円で約3兆円近いお金を連邦準備制度理事会が貸し付けて、買い取らせました。これは、常識的な理解ではまさにToo-Big-To-Fail(大きすぎてつぶせない)です。ベアスターンズのようなアメリカウォール街で第5位の大規模投資銀行で、全世界の何千という金融機関や機関投資家と取引をして、莫大な債務を抱えている金融機関が破綻をすると、その波及効果は計り知れない。そうした巨大金融機関はとりあえず救うしかないというのがToo-Big-To-Failです。ところが、08年9月の危機では、AIGは救済したが、ベアスターンズよりも大きいリーマン・ブラザーズを潰したわけです。これはどうしてだろう、私もいまだによく分りません。
私は世界各国のこれまでの経験に照らして、Too-Big-To-Failは簡単になくすことが出来ないと思っています。日本も含めて世界の金融集中がここまで進んでしまうと、例えば日本でみずほや三菱東京のような規模の銀行破綻が現実の問題となったら、政府は間違いなく救済措置を講じるにちがいないと信じています。
アメリカの市民はウォール街に対して非常に大きな不信感をもっています。ウォール街の大手銀行やヘッジファンドは、自作自演で繰り返しバブルを作り出し、途方もない所得を手に入れてきました。グリースパンが顧問をしていたヘッジファンドは1年間に1兆何千億ドルか儲けて、トップのマネージャーの個人所得は年間3千億円と報じられています。銀行で年俸3万ドルや5万ドルで働いている普通の職員や、銀行にお金を貸してもらえなくて、サラ金のようなところでお金を借りて破産をしてしまった人から見れば、ウォール街の苦境を税金で救済するのは許せないというのは、私もそう思います。
それでもやはり大規模金融機関の破たんをそのままに放置できない、というのがToo-Big-To-Fail問題のジレンマです。これを避けるためには、あらかじめ別の手立てを講じてそのジレンマに我々が陥らないようにするしかないのです。そういうことでアメリカ政府はベアスターンズが潰れてしまったら大変なことになると考えて救ったと思っていました。
そうしたら、その後AIGは救ったけれどリーマン・ブラザーズは潰れたという話になって、一体アメリカのToo-Big-To-Failは何を基準にして運用されているのかわからなくなりました。いろいろ調べても、十分な証拠を持って論証出来ないのですが、ここからはアメリカの金融ジャーナリストあるいはウォール街の裏側に通じた人の話として聞いてください。
ベアスターンズの場合はJPモルガンチェースにニューヨーク連銀が3兆円を貸して買い取らせました。JPモルガンチェースはベアスターンズのメインバンクで、ベアスターンズが潰れて、売っていた巨額のCDSがだめになると、JPモルガンチェースは莫大な信用リスクに晒されることになる。そこでJPモルガンチェースを救済する意味もあって、財務省と連邦準備制度理事会が資金を提供して買い取らせた。
9月になってAIGとリーマン・ブラザーズが潰れた時になぜAIGは救済したのか。AIGは世界最大のCDSの売り手ですからAIGが潰れた時にこのマーケットにどういう影響がでてくるか計り知れない。62兆ドルのクレジット・デフォルト・スワップ市場がドミノ的に倒れていった時にアメリカの銀行も含めてどこに何が起こるかということは予測がつかない。
もうひとつは、先ほどもいいましたがAIGに最大の利権を持っているのはゴールドマン・サックスです。アメリカ最大で、現在のアメリカの権力中枢に最も近く、何十年もウォール街に君臨してきた最強の投資銀行で、いわばアメリカの金融覇権の旗艦のような金融機関です。ゴールドマン・サックスはサブプライムローン問題の中で比較的損失が軽微でアメリカ連邦政府と組んで他の銀行を助ける立場にあると見られていました。
ところがAIGが潰れてしまうと今度はゴールドマン・サックス本体を救済せざるを得なくなってくる恐れがある。リーマン・ブラザーズに加えてAIGを破たんさせ、さらに世界中の取引先に莫大な損失を波及させて、世界的に非難を浴びるのは避けたいということと、アメリカ政府に最も近いゴールドマン・サックスに莫大な損失を出すのはまずいというのでAIGは救済されたのではないかというのが私の解釈です。

リーマン・ブラザーズはなぜ潰されたか

それなら、リーマン・ブラザーズも救済すればよかったと思われるのですが、これはどうして見捨てられてしまったのか。
リーマン・ブラザーズはベアスターンズよりももっと大きい投資銀行(第4位)で、グローバルな金融機関ですから、これが潰れたら世界的に甚大な影響が及ぶということは、当局は覚悟の上だと思います。実際に、ヨーロッパや日本の金融機関や機関投資家の中で、同社の社債を保有していたり、同社がらみの証券を保有していたために巨額の損失を被ったところがたくさんあるとみられます。
アメリカの金融当局とすれば、AIGもリーマン・ブラザーズも両方救済したかったと思うのですが、これら二つを同時に救済すれば、今後予想される銀行破たんのすべてを救済せざるを得なくなる、という配慮があり、結果としてより波及被害をコントロールし易いリーマン・ブラザーズの破綻を容認したのかもしれません。
つまり、アメリカの監督機関にとってこれはどういう意味があったのかを後知恵で考えてみると、今後の対応の余地を広げるためにも、Too-Big-To-Failは絶対の原則ではない、財務省と連邦準備制度理事会は銀行を生かすか殺すかということについてケースバイケースで判断するというシグナルを送ったのではないかと考えています。
当局は、今後地方銀行を含めて相当数の銀行が倒産すると予想しています。その場合、これまで発生した問題を全部救済しておいて、その後破綻した銀行を見殺しにすれば、ダブルスタンダードになってしまいます。アメリカ人が一番嫌うのはダブルスタンダードです。ですから大きい金融機関でも潰すことはあるというシグナルを送った。これから多分アメリカの銀行でかなり大きい銀行も含めていくつか銀行破たんがあると思いますが、責任をとってもらうべきときにはとってもらいますという口実を作ることだったのではないかと思います。

4 恐慌は防げるのか、恐慌はすでに始まっているのか

しかし、予想された通り、リーマン・ブラザーズ破綻の影響は甚大で、同社の社債のデフォルトなどで日本にまで及んできています。当然ヨーロッパにも莫大な影響が及んでいます。それをアメリカ政府は覚悟の上でおそらく潰したと思います。
これからCDSの62兆ドルの問題はどういう形で顕在化してくるのか。1つはアメリカの住宅価格が今後どこまで下がり続けるのかまだまったく目途がたっていないという問題があります。おそらく全米平均ですでに20%ぐらい下がっているのではないかと見ています。あの有名なシラー(『根拠なき熱狂』の著者で、有名な住宅価格指数の開発者)は、バブルの上昇分が帳消しになるためには、最終的に50%ぐらい下落する可能性があると言っています。
全米の住宅価格総額は20兆ドルといわれています。アメリカの全米の上場企業株式時価総額がやはり20兆ドル程度です。住宅価格の値下がりが止まらない限りCDOの評価損は続きますし、住宅市場がどんどん縮小していきますと自動車、家電も売れない、家具も売れないと、関連産業に影響がおよんでいって、多分カードローンや消費者ローン、CDOの中に組み込まれているあらゆるローンがさらに劣化していくという問題が出てきます。
 住宅問題だけではなくてアメリカ政府がいま抱えている最大の問題は自動車のビッグスリーだと思います。フォードの株が1ドル近くで1ドルというのは日本の上場企業の株が100円を割るのと同じです。GMも似たり寄ったりで、クライスラーはもうやっていけなくなってGMと合併するとみられています。
アメリカ人で働いている人の6人に1人は自動車関連産業で生活しているといいます。ビッグスリーで働いている人たちだけではなくて、ガソンリンスタンドや自動車の部品、修理だけではありません。私はかつて2年間アメリカに住んでいましたが、壊れた自動車を解体してエンジン、ボディー、サンバイザー、ガラスなどに分けて売る小さい中小企業が町の周辺にいっぱいあります。そうしたものも含めて自動車産業の裾野はすごく広いですから、ビッグスリーが立ち行かなくなればアメリカ政府は絶対に放置しないと見ています。
自動車が売れないと消費全体に響いてくる。アメリカの消費は明らかにこの夏以降かなり大きく落ち込んでいます。アメリカ国内総生産の70%以上が個人消費ですから、そこが住宅と自動車の影響を受けて大きく落ち込むということはアメリカの実体経済そのものが非常に弱体化するということになります。
中小企業が潰れてデフォルトがたくさん出てきて、これが払いきれなくなって潰れていく。カードローンや消費者ローン、自動車ローンを返せない人が増えて、これらのローンを組み込んだCDOの価格がさらに下落して、それが銀行に追加の評価損を生んでいく。そうした波及効果が金融市場と実体経済の両面で悪循環的に作用していくという心配があります。
リーマン・ブラザーズ、AIG倒産以降いろいろ起きてきた事件全体を理解しようとすると今まで焦点を当ててきたサブプライムローン問題以外に、すでに述べたように、商工業向けのサブプライムローン問題があり、これら二つのサブプライムローンが異常な膨張を遂げた背後に危険な時限爆弾のような62兆ドルのCDS市場が控えているという構造です。したがって、これからはサブプライムローンとこれを担保にしたCDO市場だけではなく、ジャンクボンド市場やCDO市場に注目をして調べていかなければならない。残念ながらこれは元々きちんとした監視の下に置かれていない市場で、誰もこの市場の実態がわからない、どういうリスクがこれから顕在化していくのか分らない。
新聞でも大きく報道されたように、アメリカで銀行救済法案が下院で一度否決されました。上院で通して、下院でも民主党、共和党議会指導者の間では合意ができて、議長も票読みに自信があって投票にかけたと思うのですが、否決されてしまった。
あれをどう説明するか。大手銀行の破たんをそのままにしておけば、CDO市場に続いて62兆ドルのCDSが危なくなり、万一これが爆発したら本当に世界恐慌になるということは分っているのだけれど、ウォール街と関係機関は、なるべくそんなことは国民に知られたくない、だから議会の指導者を含めたごく小数の人にはこの問題がどのくらい深刻かつ重大な問題かということを説明し、その範囲で賛成を取り付けることが出来たが、それを480人の下院議員全体にきちんと納得させることが出来なかったのではないかというのが私の解釈です。間違っているかもしれません。
CDSも含めた今回の金融危機の深層構造はアメリカの政府も監督機関も、本当のところは分っていない。それは、巨大な迷宮で、分りようがない複雑、不透明で大きな問題です。これが表面化してきたら手がつけられないということは覚悟している。でもそれが本当に爆発するのか、導火線のところで食い止められるのか、それさえも分らない。
金融危機が今後、金融恐慌としてアメリカでどういう形で顕在化するのか、予測がつきません。すでに、イギリス、ドイツ、フランスでも銀行がバタバタ潰れています。イギリスではかなり大きな銀行が潰れています。イギリスの住宅バブルの崩壊もあるのですが、おそらくCDSの問題が関わっていて飛び火している可能性があると思っています。しかし、それもしかとは分らない。
最後にこれからどうなるのか、日本はどうなるのかと言うことについては、誰にも分らないというのが正直なところだと言うことをお話して、終わらせていただきます。世界恐慌が起きるのかとう問題が浮上していますが、世界恐慌が起きるかどうかというような大きな問題の帰趨を正確に予測できる経済学は、私の知る限り存在しないということも付け加えておきます。
ご静聴ありがとうございました。
(本稿は、08年10月18日に行われた第12回金融共闘合同会議における講演に基づいて文章化したものです)

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