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(7)マイヤー老師の嘆き
金融大国アメリカでは、多くの優秀な金融ジャーナリストが活躍している。中でも、もっとも広く尊敬を集めているのが、マーティン・マイヤーであると断言しても、おそらく異論は少ないだろう。もっとも、彼は単に雑誌や新聞に記事を書くジャーナリストではなく、独自の徹底的な取材で、金融界で次々と生起する重大事件の全貌を壮大な物語として描き出す著作家と見るべきであろう。
マイヤーは、すでに30冊を超える著書を公刊し、その中にはベストセラーとなった『バンカー』の他、かつてソロモンブラザーズの破滅を描いた『ウォール街の悪夢』さらに、カリフォルニアのS&L危機をめぐる経営者と政治家の醜悪な関係を暴露した『空前の銀行強盗』などが含まれている。比較的新しい著作には、連銀の金融政策の内幕を描いた『連邦準備制度』がある。
今回の金融危機についても、彼の新著を待望する読者は世界中に多いと思われるが、まだいまのところ刊行されていない。しかし、彼が今回の「事件」についてどのような感慨を抱いているかは、ベアスターンズ破綻直後に行われた、IRA(ニューヨークベースの銀行格付け会社)とのインタビューを読むとおよそ明らかになる。その全文を紹介する紙幅はないので、以下ではごくかいつまんで要点を紹介したい。
IRA「先のS&L危機と今回の金融危機の違いをどう見ているか」
MM「今回の危機は基本的に構造的な性格をもっている。とくに重大な点は、60兆ドルものOTC(店頭デリバティブ)市場をウォール街に作らせてしまったことだ」
IRA「OTCの一つであるCDS(信用デリバティブ)市場では、ベアスターンズ救済を好感して、再びCDS取引が活発化しているが」
MM「問題はCDSが提供する保険の中身だ。FRBが介入して後ろ盾になり、ジャンク証券を財務省証券と交換し、この連中に流動性を供給しているのは馬鹿げた話だ」
IRA「OTC市場を清算機構へ移す動きもあるが、現状はまったくバラバラでシステミックな不安定性の温床になっているのではないか」
MM「一つの問題は、この市場でイノヴェーションと呼ばれるものの多くが、単にこれまで禁止されていた取引をビジネスにするための工夫にすぎないということだ。しかも、この事実を監督機関も政治家も理解していない」
IRA「金融の門外漢に、なぜ今回のようなとんでもない問題が起きたのかをどう説明すればいいのだろう」
MM「グラム議員やグリーンスパンのような、金融市場で起きていることを理解できない人たちが、監督責任を負ってきたことが問題だ。グリーンスパンの市場信仰は、もう宗教だ。金融イノヴェーションが市場リスクを限度を超えて高めることを誰も考え付かなかった」
IRA「アメリカがこれほどの集団的妄想に陥ったことを世界の人々はどう考えるだろうか」
MM「まったくだ。FRBは銀行を調査しようとしなかったし、警告を発しようともしなかった。そして、われわれがなぜ商業銀行と投資銀行を分離したのかということを忘れてしまった。商業銀行は、借り手がどうやって返済するかを気に懸けるが、投資銀行はどうやって証券を売りさばくかしか考えない。この二つはうまく共存できるはずがない」
IRA「世界的に見ても、投資銀行業と商業銀行業を兼営しようとした銀行は惨憺たる状況に陥っている」
MM「その通り。歴史を振り返れば、市場と経済を維持するためにわれわれが頼りにしてきたのは、結局銀行だ」
IRA「しかし、投資銀行が牛耳る市場では、銀行と同じ規律は働かない。投資銀行はほとんど価値創造をしない。最近の行動を見る限り、かれらはグローバルな市場と経済の長期的な健全性に関心がない」
MM「そこまで言い切るのはどうか。商業銀行も他人の金を扱うという点で違いはない。他人の金であろうと自分の金であろうと、ギャンブラーはギャンブラーだ」
IRA「われわれの計測によれば、1990年代の規制緩和(グラス=スティーガル法廃止他)と競争激化以降、リスク調整後の銀行収益率は急激に低下してきた。このような状況下では、銀行がますます大きなリスクを取るのはどうしようもないのだろうか」
MM「問題は、銀行が争って自己資本を圧縮していることだ。われわれが子供のころは、自己資本比率は10%だったが、BIS規制がそれを4%に引き下げた。シティの(元会長)リストンは、シティはいつでも市場で資金を調達できるのだから自己資本は必要ない、とまで言った」
IRA「破綻したジニ‐メイ他の政府支援金融機関(GSE)について、われわれが聞かされてきた言い草と同じだ」
MM「まさしく」
以上、かなり長いインタビューの一端を紹介したが、これを見ても、半世紀以上にわたってウォール街の裏側に光をあて、その実相を紹介し続けてきた老師マイヤーの怒りと嘆きの深さが伝わってこないだろうか。

(付記)IRA(Institutional Risk Analytics)は、デニス・サンチャゴとクリストファー・ウェイレンが主宰する独立の銀行専門格付け会社で、今回の金融危機において、独自に開発したリスク評価モデル(公開されている)によって主要銀行の財務状況や収益性を分析し、その結果を公表している。また、IRAのホームページでは、銀行問題についてのさまざまな分析データと情報が提供されている。上記のインタビューもここで参照できる。IRAの分析によれば、米国の主要銀行の金融危機以前の高収益は、それを上回るリスク取り入れの上で達成されており、リスクを正確に勘案した収益性は極度に低下ないしマイナスに転落していた。

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