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(6)スーパー・シニア合成CDOの怪

今回の金融危機では、世界的金融ギャンブルの胴元である大手投資銀行各社が相次いで巨額の損失を公表したが、これほど巨額の損失が何千人ものリスク管理担当者を抱える大手銀行でなぜ発生したのか、当初謎に包まれていた。
その後、リーマンとAIGの破綻を契機に、大手銀行の巨額損失の最大の原因がスーパー・シニア(以下SSと略記)と呼ばれるCDS(信用デリバティブ)がらみの不可思議なCDO保有にあったことが次第に明らかになってきた。
筆者がSSの存在を知ったのは、2007年秋にCDO(債務担保証券)の格下げが問題になっていた時で、CDOの著名な専門家であるジャネット・タヴァコリがウェッブで大手銀行の錬金術の秘密がSSであると指摘しているのを読んだ。しかし、当時はまだ、彼女の説明を読んでも、その仕組みは雲を掴むような話で頭には入らなかった。
最近刊行されたジリアン・テット『愚者の黄金』(日本経済新聞社)は、JPモルガンの社内の小さなグループが1997年末にこのCDSとCDOの合成物を開発し、商品化し、他の大手銀行が争って参入してそれを巨大なビジネスに替え、金融危機の勃発によってこの謎に包まれたマーケットが一挙に崩壊した経緯を活写している。
最近、アメリカ議会の金融危機調査委員会に呼ばれたシティグループのリスク管理部門責任者は、同社のSS保有からの損失が2007年だけで143億ドルに上ったことを証言している。同じ公聴会で、同グループの最高経営責任者プリンスは、社内の誰もがSSは事実上無リスクで、2兆ドルのバランスシート上に400億ドルのSSを保有することに問題があるとは思ってもみなかったと述べている。
それでは、SSとはどんな商品なのか。たとえばスポンサーと呼ばれる銀行(米銀)が、他行(邦銀)のローンにCDS(保険)を売り、保険料を受け取る。ここまでは、単純なCDSである。次に、米銀は、自分が作ったSPVなど(つまり、シャドーバンキングセクター)に保険料を払って「再保険」を買い、リスクの一部を簿外化する。その際、米銀は保険料の受け取りと支払いの差額をCFに見立てて、これを担保にした合成CDOと呼ばれる架空のCDOを作成(販売はされない)する。この合成CDOのリスクを簿外化するために、モノラインや投資家からCDSを購入する。この合成CDOの85%以上がAAAを上回る4Aまたは、SSと呼ばれるのである。これは、スポンサー銀行がCDSの保険料の差額から裁定利益を挙げるタイプのSSであるが、これ以外にもさまざまなSSが作られてきた。保険料の差額はせいぜい0.5%程度であるが、こうした取引には自己資本がほとんど必要ではない上に、SPVの管理収益や資金運用収益など追加の利益が手に入る。
合成CDOは、すでに2002年ごろには、CDO発行額の半分以上を占めるようになっていた。この背景には、大手銀行のリスク評価モデルでは合成CDOには殆どリスクがなく、そのために自己資本や引当金を積む必要がないという考えがあった。銀行はどれほど多くのローンをバランスシートに残しても、合成CDSを利用すれば自己資本の積み上げをまぬがれて、利益を確実に手にいれることができたのである。要するに、銀行はヘッジファンド並みの高レバレッジで利益率を押し上げることが可能になったのである。
SSのスキームでは、合成CDOの高リスクトランシュを引き受けるシャドーバンキングが、CDOの発行量に歩調を合わせて膨張する。そして、住宅バブルの崩壊が引き金になってレポ市場やABCP市場などシャドーバンキングの資金源が突然消滅すると、スキーム全体が破綻し、シャドーバンキングに移されていたリスクがスポンサー銀行に跳ね返ってくる。それだけではなく、合成CDO作成のために莫大なCDSを販売していた銀行は、デフォルト増加によって引当金の積み増しや巨額の保険金支払いを迫られる。そして、大手銀行の経営者たちが自社のバランスシートにどれほどのリスクが隠されているのかを知った時には後の祭りであった。

(コメント)ジャネット・タヴァコリは、ニューヨークとロンドンをベースとする仕組み証券アドヴァイザーで、CDOに関するすぐれた解説書Collateralized Debt Obligations & Structured Finance,(2003)があり、自分のウェッブで仕組み証券市場に関する有益な情報を提供している。彼女によれば、合成CDO市場は2000年代前半期に爆発的に膨張したが、SSトランシュについては標準的定義や根付け方法は存在しない。また、大手銀行はSSを3Aを上回る4A格付け(?)相当として宣伝しているが、格付け会社もさすがにそれは追認していない。それは虚構のスキームで合成した虚構の格付けである。

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