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(3)影の金融監督委員会

「影の☐☐☐」という語句で巷間に膾炙したものはいくつかある。もっとも知られているのはイギリスの野党が組織する「影の内閣」であろう。今回の金融危機では、影の銀行業(shadow banking)という言葉が世界中に広まった。
影の銀行業とは、預金を集めず、主として短期金融市場で調達した低利資金を資本市場で運用して利ざやを取るSIVなどさまざまな金融組織を指している。今回の危機では、大手銀行が自ら運用するシャドーバンキングで莫大な損失を抱え込み経営危機に陥った。
影の銀行業に比べると、影の金融監督委員会(SFRC)は、一部のアメリカ専門家を除いて「影」が薄い。これは、アメリカの有力財界ロビー・アメリカ企業研究所(AEI)の肝いりで80年代に立ち上げられた専門家集団である。彼らはこれまで、預金保険制度改正、グラス=スティーガル法撤廃などアメリカの金融制度の根幹に関わる制度改正をめぐり、積極的な論陣を張ってきた。彼らの議論は、ウォール街のロビー活動と相俟って、制度改正の帰趨に大きな影響力を及ぼしてきた。
その中心メンバーは、現代ファイナンス論のメッカであるペンシルヴェニア大学とシカゴ大学の研究者で、運営委員にはG.カウフマン、E.ケーン、R.ライタン、H.キャロミリスなど日本でも知られた著名専門家が名前を連ねている。
筆者がこのグループの存在を知ったのは、90年代初頭にS&L(貯蓄貸付組合)の大量破綻処理と絡んで預金保険制度改革が問題になった時であった。1993年にアトランタのエモリー大学でグループのスポークスマンの一人G.ベンストンに会い、地域再投資法の意義をめぐり議論したこともある。その時彼は近く東京へ行くので、その際に筆者の大学で講演してもよいと申し出てくれたが、帰国後に断りの手紙を出した。
ところで彼らは、S&L破綻の原因は金融自由化ではなく、預金保険制度の不備が招いたモラルハザードであると主張した。そして、対応策として金融自由化の見直しではなく、リスクを勘案した差額保険料の導入を提案した。その後の改革では、彼らの主張に沿った制度改革が実施され、自由化が加速された。
彼らはまた、銀行による顧客差別(レッドライニング)の存在を否定し、地域再投資法の撤廃をめざす論陣を張ってきた。さらに、銀行集中や銀行業務の規制緩和を推進する立場から、大規模で多角化した銀行が利益相反やシステミックリスクを引き起こす可能性があるという議論を、非現実的な空論と非難してきた。
今回の金融危機の過程では、大手金融機関の驚くべき杜撰で反社会的経営が明るみに出て、これまでの金融自由化の問題が一挙に噴出した。金融当局は大手金融機関の相次ぐ破綻に介入し、巨額の公的資金を投入した。当局はその理由として、金融システムの全面的崩壊の危険性を回避する必要性(Too-Big-To-Fail論)を挙げた。
筆者は、彼らのこれまでの言動は今回の事態を招来したことに大いに責任があると考えている。しかし、彼らはその非を認めず、リーマン・ショックもシステミックリスクではなく、AIG救済も必要がなかったという立場を打ち出している。言うまでもなく、かれらはオバマ政権が打ち出した金融監督体制強化案には、強く反対している。
前記のように彼らのメンバーの多くは、アメリカの超一流大学で教鞭をとり、世界中で使われる金融論の教科書を執筆している。彼らにはウォール街の後ろ盾があり、彼らの言説は議会と監督機関に無視できない影響力を及ぼしている。したがって、オバマ改革案の帰趨を予想する場合には、われわれはこのグループの言動に十分な注意を払う必要がある。

(付記)前回、保険会社であるAIGには連邦監督機関がないと書いたが、AIGは1999年に貯蓄金融機関を買収し、連邦監督機関の一つOTSの監督を受けていることが判明した。訂正したい。ただし、OTSには実効的な監督能力はない。また、2月1日付けウォールストリートジャーナルは、ポールソン前財務長官が「瀬戸際にて」と題する回想記を出版したことを伝えている。入手できれば追って内容を紹介したい。

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