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(2)解読できないミステリー

今回の金融危機の経緯をめぐっては、いま現在でも腑に落ちない問題がいくつか残されている。中でも最大のミステリーは、2008年9月にほとんど時を同じくして破綻した投資銀行リーマン・ブラザーズと世界最大の保険会社AIGに対する当局の対照的な処遇である。
周知のように、資金繰りに行き詰まったリーマンは政府からも連邦準備制度からも見放され、あっけなく消滅した。その際、当時の財務長官ポールソンは、「リーマンを救済することなど始めから考えたことはない」と言い放った。
同社は同年3月に救済されたベア・スターンズより大きな投資銀行で、世界中の大手金融機関や機関投資家と取引があり、仕組み証券市場と信用デリバティブ(CDS)市場に深く関わっていた。
このため、金融関係者の常識では、同社はいわゆるToo-Big-To-Fail(大きすぎて潰せない)金融機関で、アメリカ政府は必要なら超法規的方策を講じても救済すると予想されていた。この予想が覆ったことは、当然にも、世界中の金融市場にリーマンショックと呼ばれる激震を引き起こした。
他方、本来連邦監督機関の管轄外(米国の保険会社は州認可)にあり、FRBと直接取引きがないAIGは、FRBの手厚い支援を受け、さらにその後政府の金融救済プラン(TARP)からの二次、三次にわたる巨額の救済資金を支給された。AIGに対する支援は、一民間機関への公的救済としては史上最大となった。
政府がなぜAIGを救済したのかは、その後次第に明らかになった。同社は、保険事業に加えて年金業務にも関わっており、その破綻が多くの市民・労働者の将来の生活を脅かすというのが、救済の大儀名分である。しかし、それだけではない。同社はイギリスの子会社を通じて莫大な信用デリバティブ取引に関係し、同社に提供された総額2200億ドルに上る公的資金の大半が、その取引先である大手投資銀行に分配された。つまり、政府はAIG救済を通じて、これら大手投資銀行を救済したのである。
以上の経緯は、周知である。しかし、これら二社を政府監督機関がこのように対照的に処遇した理由は、未だに説明されていない。筆者が知る限り、専門家の間では、リーマンを「見殺し」にしたのは当局の重大な判断ミスであり、失態であったとする見方が多数であった。
しかし、例え判断ミスであったとしても、なぜ当局がこの局面でこれほど重大なミスを犯したのかは、依然として謎である。リーマンの破綻は決して突発的ではなく、当局には事前に方策を検討する時間はあったはずである。
このミステリー解読の手がかりを探していた筆者は、最近二つの資料に出会った。
一つは、2009年1月(大統領の交代)までポールソンのスタッフとして危機対応策に関与したフィリップ・シュワゲルなる人物が2009年3月に公表した「金融危機:一内部者の見解」と題された文書で、財務省側からの説明である。これによると、政府は銀行救済に消極的な議会との関係で、二者択一を迫られ、破綻の影響がより甚大と見られるAIGを救済したと説明されている。
もう一つは、今年9月にブルッキングズ研究所で行われたバーナンキの講演で、FRB側の説明である。彼は、リーマンの資産内容が悪すぎたためにFRBは手が出せなかったと説明している。しかし、参加したパネラーが指摘しているように、ベア・スターンズの破綻時の資産内容も明らかにされていないし、その後AIG救済が未曾有の規模に膨らんだことを考えると、彼の説明は説得力を欠いている。
かくして、私のミステリー解読作業は、いまだ目的を達することができないのである。
 
(一口メモ)巨大金融機関の破綻処理は、政府監督機関にとって緊急の政治判断と綿密な手続きが求められる複雑な作業である。しかし、それに対してすでに十分な準備ができている国は存在しない。近い将来、十分な準備ができるなどと期待することもできない。従って、唯一の合理的政策は、その破綻が金融システム全体を機能麻痺に陥らせる可能性のある巨大金融機関の登場を抑止する制度を作ることである。

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