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(14)ワシントンコンセンサスの終焉?
本年9月のNBER契機基準日付委員会による「景気後退終結宣言」以来、不況終結論をめぐるさまざまな議論が活発化している(詳細は、筆者のホームページ(論文・エッセイ欄)「研究ノート:経済不況は終わったのか」を参照してほしい)。
今回の不況終結論をめぐる国際的な議論において注目すべき一つの現象は、従来国際経済問題についてつねに新自由主義的な市場信仰論を展開し、アメリカの世界経済戦略を代弁し、多国籍企業と多国籍金融機関の世界的利権を擁護してきたIMFと世界銀行が、そろって最近その論調を大きく転換させているという事態である。とくに、IMFのトップが、最近の公式発言のなかで不況終結論に明確な懐疑論をつきつけていることは注目に値する。
 IMF専務理事のストラウス-カーンは、2010年3月にアフリカのザンビアを訪問した際に、「今回は異なっている」というテーマで講演した。その中で同専務理事は、IMFが途上国の敵であるという評価は依然として根強いが、過去数年間にIMFはサハラ以南アフリカ地域への経済支援を大幅に増加しただけではなく、支援の仕組みを民主的に見直す点で、根本的な改革を推進してきたと強調した。
 次いで同年6月には、ヴァンクーバーにおける国際労働組合連合(ITUC)での講演で、組合側が提案する金融取引税には賛同を控えながらも、経済成長と雇用創出のために国際金融市場に対する規制を根本的に見直し、強化する必要があるという見解を述べた。
  ここまでであれば、よくあるリップサービスで、改めて注目するほどの発言ではないが、同専務理事の新しい姿勢がいっそう鮮明に表明されたのは、本年9月にノルウェイ政府の肝いりで開催されたオスロ会議(Oslo Conference)での発言であった。この会議は9月13日にノルウェイ首相の主催で開催され、IMFとILOが共催し、ITUCを始めとする国際労働運動の関係者の他に、一部国家元首や首相も参加し、発言者には、フランスの金融相やイギリスの労働相などが含まれていた。会議の呼びかけのキャッチフレーズとして採用されたのは、以下の三項目であった。
(1)世界で2億1000万人の雇用が犠牲になっていることに注目
(2)問題解決のためには重点的な雇用政策、職業訓練、社会的支援が必要
(3)グローバル経済危機は失業率が低下するまでは終わらない
 要するに、今回の恐慌が世界的な労働市場と雇用に甚大な問題を引き起こしており、その国際的な取り組みがグローバル経済の回復のために不可欠になっているというのが、この会議の主催者の基本認識であった。
この会議のメインスピーカーの一人として発言した同専務理事は、失業増加は世界が目下直面している最大の危機であると指摘し、失業という形の経済的荒廃が、世界の何億もの人々、とりわけ青年層の生活、安全、尊厳を脅かしており、失業が引き起こす人的損失こそが経済危機に伴う最大の悲劇(tragedy)であると強調し、労働問題への取り組みは、経済回復だけではなく、社会的統合と平和の維持のために不可欠である、したがって経済危機は失業問題の解決が緒に就くまでは終わらないのであり、危機がすでに過ぎ去ったと考えるのは明らかに誤っていると述べた(出所Oslo Conference Calls for Action to Avoid Jobless ‘Lost Generation’ , IMF Survey Online、合わせてThe Associated Press, IMF Chief: Crisis not over until jobs come back, September 13, 2010も参照されたい)。
因みに、IMFの情報によれば、ドミニク・ストラウス-カーンは、IMF専務理事に就任するまで、フランスの国会に議席を持ち、パリのInstitut d’Etudes Politiques で経済学を教え、2006年には社会党の大統領選挙の候補者指名に立候補している。他に、1997~99年には経済金融産業相を務めている。
他方、世界銀行について見ると、去る9月30日の新聞は、同行のゼーリック総裁が、米国ジョージタウンで行った講演で、ワシントンコンセンサスの終焉を表明したというニュースを報じた。報道によれば、同総裁は、「世界経済には地殻変動が起きており、思考の枠組みも変わらなければならない」と指摘し、従来の世界銀行、IMF、WTOさらには米国を中心とする先進諸国の対途上国経済政策に指針を提供してきたワシントンコンセンサスが、新興国が世界経済の成長を主導する現状にもはや適応的ではなくなったこと、今後は、一極(ワシントン)ではなく、多極的な知見にもとづき広範な途上国の支持が得られる新しい経済発展の展望と理論が必要であると述べた。
周知のようにワシントンコンセンサスは1980年代以来世界銀行、IMF、米国政府が途上国や移行国に対して強く押し付けてきた経済発展のプログラムで、その主要な内容は、労働市場を含む経済諸部門の規制緩和、自由化、民営化、税制改革、外資受け入れ、賃金抑制などを柱とする、新自由主義的政策を集約したものである。これらの政策の中から重要な10項目を整理し、そのリストをワシントンコンセンサスと名付けたのはアメリカのシンクタンク・国際経済研究所の研究員J.ウィリアムソンであった。
国際機関や先進国からの「援助」と引き換えにワシントンコンセンサスの順守を押し付けられたラテンアメリカ、東アジア、東ヨーロッパ、アフリカなどの途上国は、自立的経済発展への道とは逆に、長期にわたる経済成長の停滞、生活水準の悪化、失業増加と経済格差の拡大、外資による資源と財産の略奪、為替レートの乱高下、金融危機の頻発などの経済問題に苦しめられてきた。
国際経済や途上国問題の専門家、活動家、さらには途上国の政策担当者などの多くが、これまでも繰り返しワシントンコンセンサスの問題点を指摘し、その抜本的な改善あるいは撤廃の必要性を指摘してきた。例えば、スティグリッツは、『世界を不幸にするグローバル経済』の中で途上国に救済ではなく苦難を押し付けるこの政策を厳しく批判したし、アメリカの経済外交に通じた専門家の一人M.ハドソンは最近の論文で、今回の金融危機への米国政府の対応を取り上げ、米国政府はワシントンコンセンサスを自国には適用するつもりがないことを指弾している。
ワシントンコンセンサスとその理論的土台を提供する新自由主義イデオロギーに対する識者からの批判はこれまでも少なくなかったが、イギリスのブラウン首相が昨年春にロンドンのG20の場で行ったスピーチは、主要国の政治指導者が公の場でワシントンコンセンサスの再検討を提起したという意味で、今回のゼーリック講演の前触れをなすものであった。ただし、同首相の問題提起は租税逃避とマネー洗浄に便宜を提供するタックスへイヴンの問題に焦点をあてたもので、ワシントンコンセンサスの根本的な改革をめざしたものではなかった。その意味で、ワシントンコンセンサスの「終結宣言」とも聞こえる今回のゼーリック総裁の今回の発言は、前記のIMF専務理事の発言と並んで、これら国際機関の運営原理が大きな転機を迎えていることを示しているように思われる。
以上のようなIMFおよび世界銀行トップの発言が、これらの機関の運営原理のどの程度実質的な転換を表わすのかは、これらの機関の今後の実際の運営を見なければ即断できない。しかし、公の場でこうした発言がなされ、メディアを通じて国際社会に報道されること自体が一つの事件であり、これらの機関が世界経済の歴史的転期に直面して、その過程でみずからこん後取るべき立ち位置を模索している証左と言えよう。
(付記)IMFの姿勢の変化を示すもう一つの文書を紹介しておきた
い。前記のOslo Conferenceと前後して発表されたIMF Working Paper, Kumhof,K. & R. Ranciere, Inequality, Leverage and Crises, October 2010, は、大恐慌に先立つ1920-29年と今回の恐慌に先立つ1983-2008年の期間の間に所得の富裕層への集中と不平等の拡大という点で共通点があることを指摘し、このような不平等の拡大が、中間層以下の所得をめぐる交渉力の低下の結果であり、それは、高所得者層による金融市場への還流、中・低所得層の債務増加、金融危機の可能性の高まりというモデルを提示している。これは、かねてよりポストケインジアンや一部マルクス経済学者が提示してきた金融化モデルに近いものであり、そうしたモデルがIMFのワーキングペーパーの形で公表される事態もこれまで予想されなかったことである。
これまで、経済格差・不平等の問題は、主として新自由主義的政策の一つの重要な帰結として議論されてきた。他方、金融恐慌と世界不況は、資本の過剰蓄積、金融制度の破綻など、さまざまな理由付けがなされてきたが、経済格差や不平等の問題と深く結びつけた議論は少なかった。しかし、ここにきて、1980年代以降に顕著になった経済格差・不平等の拡大が、今回の経済危機の重要な要因であるという議論が目立つようになっている。筆者もかねてからこの論点に注目してきたものの一人であり、この論点が今後国際的な議論を通じて説得力のある議論にまで深まることを期待したい。

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