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(13)闇金に落ちぶれた銀行
12月12日付け朝日新聞の朝刊1面に、「デリバティヴ破産が急増」との見出しが目について読んでみた。それによると複数の大手銀行が、おそらくは中小企業の取引先に対して、融資と引き換えに先物外貨絡みの危険なデリバティヴ取引を持ちかけ、最近の急激な円高で取引に応じた顧客の多くが、本業の利益である業務利益を超える莫大な損失をこうむり、破産に追い込まれたとのことである。
この種の銀行が仕掛ける詐欺まがいのデリバティヴ取引は、2年前のいわゆるリーマンショック後にも大きな問題になった。その時は、新聞報道などによれば、主たる被害者は慶応大学、中央大学など大手を含む私立大学で、その他に、金融とは縁のない企業や、いくつかの地方公共団体の名前が挙がっていた。確か筆者の記憶では、奈良県の飛鳥村の名前もあって、首をひねったものである。
当時の報道によれば、大手銀行や大手証券会社は、豊富な手元資金の運用に苦慮している「機関投資家」としての私立大学や地方公共団体に目をつけ、これらの組織にせっせと足を運んで、自分たちが一刻もはやく売りさばきたい危険な証券を言葉たくみに売り込んだところ、その後のリーマンショックでこれらの証券が暴落し、購入した大学や自治体に大きな損失が発生したとのことであった。しかし、金融機関はリーマンに絡む証券だけではなく、オーストラリアドルに関係する外為取引も売り込んでいた。もしも外貨絡みの取引で、きわめて短期間にどうしようもないほど莫大な損失が発生したとすれば、それは単純な外貨取引であったとは思われない。おそらく何らかのレバレッジがかけられた(市場の実際の変動の何倍もの幅で資産価値が変動する取引)、危険な契約であったと考える他はない。つまり、金融機関が持ちかけた取引は、複雑な金融取引に通じていない大学の職員が手を出すようなシロモノではなかったと考えざるをえない。
ただし、報道から察するに、今回の事件と前回の事件とのあいだには基本的な違いがある。前回被害にあった私立大学などは、手元の余裕資金を有利に運用して金融利得を得ようとして銀行の誘いにのった、つまり、愚かにも事情のわからない投機的取引に手を出して損失を出したのである。プロのディーラーではない大学の資金管理担当職員に危険なデリバティブ取引を持ちかけた金融機関の行為は、私に言わせれば振り込み詐欺に近いと思われる。しかし、大学側もささいな欲に見がくらんでのことであるから、半分は自分の責任である。
これに対して、今回被害にあった企業の場合は、外貨建ての資産を持っており、将来円安が進むと損失が発生するという条件のもとで、銀行から円安がさらに進む可能性が高いという情報を与えられ、為替リスクをヘッジするために先物でショートポジション(売り持ち)をとったところ、実際には大幅な円高になり、しかも期日前に契約を解約するとこれまた莫大な違約金を請求されるということで解約もできず、結局破産に追い込まれたとのことである。
これは、しかし、常識的に考えると理解に苦しむ話である。取引の目的が為替リスクのヘッジであれば、円安になれば損失が発生する資産、ないし契約がすでにあって、このリスクを帳消しにするのに必要な範囲で、ヘッジのための取引、つまり円安になれば逆に利益がでる(したがって、逆に円高になれば損失がでる)取引を組むはずである。つまり、本来は、ヘッジをしておけば、円安、円高のどちらにレートが動いても、一方の損失は他方の利得という形で帳消しになり、かりにヘッジが不完全であっても、被る損失は軽微で、破産に追い込まれるなどということはありえないはずである。
にもかかわらず、ヘッジのつもりで銀行と結んだ契約から、企業が破産するほどの莫大な損失が発生したとすれば、それはヘッジではなく、大きなポジションをとっていた(つまり、投機的な取引を行った)ことになる。報道によれば、被害にあった企業の担当者は、ある場合には必要な融資の条件としてなかば強制されて契約に応じざるを得なかったり、メインバンクになるという餌をちらつかされてそれに食いついたり、なかには契約に際して銀行から供応を受けた担当者もいたとのことである。
今回の新聞報道からは、それ以上の背景は分からないが、いずれにしても、本業でちゃんと利益があがっている企業が破産に追い込まれるような危険な取引を、強要や供応によって銀行が弱い立場の顧客に持ちかけたとすれば、もはやそれはまともな銀行がすることではない。
先般、金融保険商品である信用デリバティブ(CDS)取引に関連して、ウォール街最大手のゴールドマン・サックスが米国証券取引委員会(SEC)から提訴されたことは記憶に新しい(本コラム「(5)ゴールドマン・サックスの蹉跌」参照)。SECの訴状によれば、ゴールドマン・サックスは自ら組成し、近い将来デフォルトの可能性が高い証券を世界中の投資家に販売しただけではなく、自身の重要な取引先であるヘッジファンド・ポールソンと協力し、売り出した証券が暴落すればポールソンに利益が転がり込む信用デリバティブ取引をひそかに結んでいた。その後、思惑通り証券は暴落してポールソンに巨利が転がり込み、他方、ゴールドマン・サックス自身も巨額の手数料を手にしたという事件である。この証券を掴まされた投資家の中には、ドイツで真っ先に破綻して政府から救済されたIKB(銀行)が含まれていた。
1980年代以降ウォール街きっての名門投資銀行として君臨し、歴代財務省長官や大統領経済顧問などを輩出してきたゴールドマン・サックスは、この訴訟で致命傷を負わないために、同社にとっては微々たる罰金を支払って和解に応じたが、同社の行為がSECの訴状に記された通りだとすれば、それこそ悪質な詐欺といわれても抗弁できないのではないかと思われる。
この事件に限らず、金融恐慌後のアメリカでは、銀行や証券会社の取引に関連して、取り調べが間に合わないほど数多くの訴訟が起こされている。そうした事件の一端は、「金融スキャンダル」として経済専門紙でも報じられているが、こうした報道のを目にするにつけ、現代の大手金融機関が、一方で莫大なロビー資金を使って政治権力と深い関係を維持しながら、弱い立場の顧客や投資家に対しては、容赦のない詐欺的取引を持ちかけて巨利をあげる手口には、言うべき言葉を失うほどである。そして、さらに心寒くなるのは、こうした「詐欺的ビジネス」が、かのウォール街だけではなく、日本の金融機関の間にもすでに蔓延してしまったのではないか、という予感である。
アメリカの経済学者ブラックバーンは、今回の金融恐慌で明らかになった銀行の危険で反社会的な業務ぶりを評して、「銀行はヘッジファンドになった」と評したが、筆者に言わせれば、銀行はヘッジファンドを超えて「闇金になりさがった」と言いたいほどである。

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