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(10)ウォール街のクモの巣
今回の金融恐慌を契機として1年半以上にわたって紆余曲折をたどったオバマ金融改革をめぐっては、ウォール街による執拗で激しいロビー活動が法案の最終的帰趨に大きな影響を及ぼした。
とくに、ロビーイスト達は、大手銀行の自己勘定での投機取引とヘッジファンドへの投資を制限する「ヴォルカー・ルール」、これまで何の規制も受けないまま大手銀行のドル箱として大膨張を遂げ、恐慌の最大の温床になった店頭デリバティブ取引を取引所に集中する条項、さらに、住宅ローンを含む広範なリテール金融やシャドーバンキング分野における消費者保護に強い独立権限をもつ消費者金融保護監督庁の創設、を主要な標的にして、その撤回、骨抜き、抜け穴づくりのために奔走した。その結果、最終的に成立した改革案は、非常に広範な問題をカバーした膨大なものになったが、改革の成否にかかわる重要事項については、いずれも提案段階から見ると大きく後退したものになった。
ウォール街の走狗であるロビーイスト達が、本来国権の最高機関である議会の法案審議にこれほど大きな影響力を発揮できる背景には、ウォール街がワシントンを虜にするために湯水のように注ぎ込む莫大なカネの力がものをいっている。
この問題を監視している活動組織(Institute for America’s Future)によるリポート(Big Bank Takeover: How Too-Big-To-Fails Army of Lobbyists has captured Washington)によれば、今回金融業界が動員したロビーイストは、70名の議員と940人に上る元連邦政府官僚からなり、1日当たり140万ドルが投下された。このうち、ゴールドマン・サックス、バンク・オブ・アメリカ、JPモルガン・チェース、シティグループ、モルガン・スタンレー、ウェルス・ファーゴのトップ6社だけで、240名以上の元官僚を採用している(最大はシティグループの55人)。これらの元官僚がロビーイストとして手にする報酬はかつての官僚時代のそれを大きく上回ると言われているが、かれら多くは、議会だけではなく、ホワイトハウス、財務省、監督機関などで上級職員として働いた経験があり、かれらはこれまでもウォール街の意を呈した制度改革(その最大の功績が1999年のグラス・スティーガル法撤廃である)に辣腕をふるってきた人たちである。また、これら6社がベア・スターンズ救済以降に費やしたカネは、総額6億ドル(彼らが政府とFRBから獲得した支援に比べるとほとんど取るに足りないが)に達している。その内訳は、直接のロビー費用が4900万ドル、 選挙キャンペーン資金が2000万ドル、業界団体経由の工作費が5億2600万ドル、その他となっている。
ウォール街のロビーイストが張り巡らしたクモの巣は、元締めから下働きまで何層もの複雑なネットワークをなしているが、大きく分類すれば4つの部分で構成される。すなわち、(1)個々の大銀行が自前で外部ロビーイストを雇って展開する活動、(2)業界団体として展開する活動、(3)匿名あるいは正体不明の組織を利用した密かな活動、さらに(4)フロント・グループと呼ばれる複数機関や業界組織が資金をプールして共同で運営する組織活動である。
ウォール街は、金融分野に限定された組織だけではなく、とくに今回政府・FRBから莫大な救済支援を受けることになって以来、一般産業界の有力ロビー組織との関係を強化することに努めている。たとえば、今回の改革案の審議過程では、全米商工会議所やビジネス・ラウンドテーブルのような全米の主要産業と大企業を代表する産業ロビーが、これまでになく積極的に、ウォール街の立場から審議に口をはさんだと言われているが、その背後には、これらの産業ロビー組織に対するウォール街からの莫大な資金提供がものを言っているのである。
現在のワシントンには単なる使い走りは別として、高額報酬を食む何百人もの金融ロビーイストが徘徊しているが、かれらを仕切る最大の元締めは、金融分野の係争では全米最強の法律事務所といわれるサリバン&クロムウェルである。同事務所は、かつてITバブルの最中に、エンロン社のために、店頭デリバティブを監視外におく有名な「エンロン・ループホール」の導入に大きな役割を果たしたといわれている。今回の恐慌では、同事務所は仕組み証券の販売にからんで詐欺罪でSECから告発されたゴールドマン・サックスの弁護に加わり、同社が5億5000万ドル(同社のわずか数日分の利益に相当)の和解金で厳罰を免れるのに力を貸した。
サリバン&クロムウェルと並んでもう一つの強力な元締めは、かつて大統領候補にもなった民主党の元院内総務ゲッパート議員の筆頭スタッフであったエルメンドルフが設立したロビー事務所(Elmendorf Strategies)で、ウォール街のトップ銀行の他に、証券業界やノンバンク関係を含む多くの金融産業の業界組織を顧客に抱えている。これらの他に、前記のリポートは、クリントン元大統領のスタッフと繋がりのあるPodesta Group, 上院銀行委員会に太いパイプを持つ Porterfield, Lowenthal & Fettig などを挙げている。
今回の改革案を審議した上院銀行委員会をはじめとする金融関連委員会の有力議員(ドッド委員長を含む)の下で働いたことのある元スタッフの多くが、その後ロビーイストとして活動し、これらの議員とウォール街さらには政府・監督機関をつなぐ強力なパイプの役割を果たしている。
前記のリポートの編集責任者であるケヴィン・コナーは、ウォール街のロビー活動について、次のように記している。
「このリポートが示しているのは、6社の大手銀行が、回転ドアと合法的ワイロを利用してワシントンの権力機構に比類ない影響力を及ぼしているということである。その結果は、果てしなく繰り返される詐欺、(国民の負担による)救済、国民の目が届かない場所での取引きであり、その後には疲弊した経済と困憊した納税者が残されるのである」。

付記 文中で「回転ドア」というのは、政府・監督機関で働いた人間が、退職後民間業界に職を得、逆に民間業界で働いた人間が政府・監督機関の職員になるという形で、官民間の人間の移動が、いわば制度化されている状況を指している。この制度の中から、議会、政府、監督機関に太いパイプと影響力を持つ多数のロビーイストが生まれているのである。

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