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(1)ヴェールをはがれたウォール街の素顔

ウォール街は、秘密に満ちた街である。この街の実相は、絢爛たる富と栄誉、それらに与った「英雄」たちのイコンと立志伝で隠されている。しかし、今回のような深刻な金融危機が起きると、平穏時には関係者の口から外へ出ないさまざまな情報が、ニュース、議会証言、裁判記録等として飛び出してくる。おかげでわれわれは、平素は見ることのできないウォール街の素顔を垣間見ることができる。  
例えば、AIG破綻の顛末は、同社との取引で巨利を上げてきた大手銀行の最高経営責任者たちが、自分たちの大失敗のつけを納税者にまわし、政府の支給する莫大な救済資金をお手盛りで山分けする茶番劇であった。バーナンキFRB議長は、AIGを名指しで「はらわたが煮えくり返る」と吐き捨てて見せたが、これもあらかじめ台本に書き込まれていた台詞の可能性がある。
世界の金融関係者を震撼させたリーマン・ショックは、Too-Big-To-Fail(大規模金融機関は潰さない)というウォール街の神話が覆ったときに何が起き得るかを、世界中の人たちに垣間見せた。しかし、この事件のずっと以前から、怖いもの知らずの若者たちが運営する10社あまりのヘッジファンドが連携して、同社の株式に波状的なカラ売り攻撃を仕掛けていた事実はあまり知られていない。アメリカのマスコミは、これらの若者たちを、「テリブル・ザンファン(手に負えない子供たち)」と呼でいる。
今回、仕組み証券市場の破綻をめぐって、モノライン保険の問題が浮かび上がった。しかし、アメリカの金融に通じている人でも、これまでモノライン保険を知っている人は少なかった。しかし、すでに危機発生の3年以上も前から大手モノライン保険のビジネスモデルの虚構性を見抜き、その株式に粘り強くカラ売り攻撃を続け、ついにその暴落を誘発して巨万の利益を手にした若いファンドマネージャーがいたことも記憶に留めておいた方がよい。かれが何年もかけて調べ上げたレポートは、今現在でもモノライン保険のビジネスモデルについて知りたい人の必読資料になっている。
さらに、大手金融機関やヘッジファンドの相次ぐ巨額損失と破綻は、これら金融機関の「洗練された」リスク管理の実態を白日のもとにさらけ出した。ヨーロッパ最大の金融コングロマリットであるUBSでは、2万2000人の職員のうち3400人が、高給のリスク管理専門家として雇用されていたが、同社は仕組み証券市場の崩壊になすすべもなく呑み込まれ、現在もスイス当局の管理下に置かれている。
2008年夏の原油価格暴騰を取り上げたアメリカ議会では、実情に通じた人々の証言が、この事件の背後にうごめく投資銀行とヘッジファンドの行動、これを擁護する監督機関の姿を浮き彫りにした。これらの証言がなければ、原油高騰の主因は中国やインドの輸入急増だというマスコミや一部専門家の言説が未だにまかり通っていたことだろう。これらの証人の中には、少数の学識経験者と並んで、現役のファンドマネージャーが含まれていた。
10年ほど前にアメリカの巨大ヘッジファンド(LTCM)破綻を調査した筆者は、ヘッジファンドが一部富裕者のための投資クラブではなく、世界のトップ銀行や大手投資銀行と深く結びついた投機組織である実態を明らかにした。今回の危機は、現在のファンドマネージャーの中に、大手金融機関も手なづけることができない「手に負えない子供たち」や、ウォール街の知られたくない秘密を議会で暴露する勢力が存在する状況を浮き彫りにした。これもまた、秘密と規律を維持できなくなったウォール街の自壊現象の一部なのであろうか。

高田太久吉(タカダタクヨシ) 1944年香川県生まれ。中央大学教授 専門は銀行論 著書に『金融グローバル化を読み解く』(2000)、『金融恐慌を読み解く』(2009)他。

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